ポイズン・ブラザーズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 10:15 UTC 版)
「ピッツバーグ・パイレーツ」の記事における「ポイズン・ブラザーズ」の解説
そして16年後の1925年に久々のリーグ優勝を果たすと、ワールド・シリーズで大投手ウォルター・ジョンソンを擁するワシントン・セネタース(現:ミネソタ・ツインズ)と対戦、1勝3敗と追い込まれながら、そこから3連勝し、2度目のワールドチャンピオンに輝いた。この頃後に野球殿堂入りする「ビッグ・ポイズン」ことポール・ウェイナーと、「リトル・ポイズン」ことロイド・ウェイナーの兄弟が入団。1927年のワールドシリーズに進出するが、相手はこの年60本の本塁打記録を樹立したベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグら、野球史上に残る「マーダーズ・ロウ(殺人打線)」を擁する史上最強と言われたニューヨーク・ヤンキースだった。当時パイレーツの選手達がヤンキースの打撃練習を見た時点で敗退を確信したというのは有名な話である。パイレーツは4連敗でシリーズを終えたが、ウェイナー兄弟は以後数年にわたってパイレーツを牽引、兄弟二人で計5611本もの安打を放った。これは今なお兄弟の合計安打数のMLB記録である。しかしパイレーツはここから長い期間リーグ優勝から遠ざかった。
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ポイズン・ブラザーズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 04:00 UTC 版)
「1927年のメジャーリーグベースボール」の記事における「ポイズン・ブラザーズ」の解説
ナショナルリーグのピッツバーグ・パイレーツにはパイ・トレイナーの他に、ポール・ウェイナーとロイド・ウェイナーの兄弟がいた。兄ポールは前年にピッツバーグ・パイレーツからデビューしいきなり.336の打率を残し、翌1927年に弟のロイドが入団し、『ポイズン・ブラザーズ』として名を馳せた。どちらも小柄で右投げ左打ちであり、攻守走三拍子そろった外野手で兄はライトを守り、弟はセンターを守った。打順は弟は1番、兄は3番であった。当時兄ポールは「ビッグ・ポイズン」、弟ロイドは「リトル・ポイズン」と呼ばれ、この年に兄ポールが打率.380・打点131で首位打者、打点王の二冠を獲得してリーグMVPとなり、弟ロイドは得点133で最多得点となり223安打(兄ポールは237安打でリーグ最多安打)を打ってルーキー最多安打数(現在もナショナルリーグ記録である)を記録して、チームとしては戦力は揃っていた。しかし打線全体のスケールはヤンキースと比べ物にならないほど格差があった。
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