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トムス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/07 08:52 UTC 版)

株式会社トムス
TOM'S Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
東京都世田谷区等々力6丁目13番10号
設立 1974年2月20日
業種 輸送用機器
代表者 代表取締役社長 大岩湛矣
資本金 5,000万円
外部リンク http://www.tomsracing.co.jp/
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株式会社トムス(英文名称:TOM'S Co., Ltd.)は、主にトヨタ車向けのアフターパーツなどの開発・販売を手がける日本の企業。1974年設立。トヨタ車を用いたレース活動も行っている。TOM'Sの名の由来は、設立者の舘信秀Tachi)、大岩湛矣(Oiwa)とモータースポーツ(Motor Sports)の頭文字を組み合わせたものである。

一時はイギリスに置いた現地法人のトムスGBにおいて、世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)にフル参戦した他、独自にF3マシンを開発・販売していたことでも知られる。トムスGBは後にアウディに売却されたが、その後名称を「アウディスポーツUK」と改めアウディ・R8アウディ・R10 TDIといったマシンを製作している。

目次

レース活動

全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権

全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権には1983年のシリーズ開幕戦、鈴鹿500kmから参戦。以降1992年のシリーズ最終戦MINE500kmまで全戦参加する。83年開幕時は、82年WEC用に開発したトムス童夢・セリカCを改良したトムス82Cを使用し、シーズン途中からトムス83Cに変更した。以降84C、85C、86C87C、88C、88C-V、89C-V、90C-V、91C-V、92C-V、TS010を投入し、10年間で8勝をあげた。1992年にはCクラスでチャンピオンを獲得している。1987年からは「TOYOTA TEAM TOM'S」(TTT)としてトヨタのワークス活動も担う。これに伴い87C以降はマシン名も「トムス」から「トヨタ」になった。

ル・マン24時間レース

ル・マン24時間レースへの初参戦は1980年で、マシンはIMSA-GTX仕様A40セリカ・ターボ。この時は予選落ちに終わる。1985年からはグループCで参戦を続ける。85年はトムス・85C/トヨタで12位完走。1987年からは「TOYOTA TEAM TOM'S」(TTT)としてトヨタのワークスとして参戦。1990年にはトヨタ90C-Vで6位入賞。1991年には参戦を休止したが、1992年にはTS010で復帰、2位に入賞し関谷正徳が日本人として初めてル・マンの表彰台に立った。翌1993年もTS010で挑むがまたしてもプジョーに敗れ4位。以降トムスはル・マンに参戦していない。

世界スポーツプロトタイプカー選手権

世界スポーツプロトタイプカー選手権には1989年から「TOYOTA TEAM TOM'S」(TTT)としてトヨタ88C、89C-Vでフル参戦。第2戦ディジョンでは88Cが4位に入賞している。翌1990年には全戦2カーで挑むが、開幕戦の鈴鹿の4位が最高位。スポーツカー世界選手権(SWC)と改称した翌91年は参戦を休止したが最終戦オートポリスに翌年の参戦を条件に特例で開発したばかりのTS010でスポット参戦し6位となった。1992年にTS010でシリーズ復帰。開幕戦モンツァでは小河等が優勝を飾るも、その後はプジョーに勝てずチャンピオンの座は獲得できなかった。SWCはこのシーズンをもって終了した。

全日本F3選手権

参戦当初より、現在に至るまで全日本F3のトップコンテンダーの一角を形成しており、何人ものチャンピオンを輩出している。かつては前述のトムスGBで設計・製作したオリジナルシャシーで参戦していたが、現在はダラーラ製シャシーを使用している。また、F3用エンジンチューナーとしても活動しており、最大のライバルであった無限の撤退後は、全日本F3に参戦しているチームのほとんどがトムス・トヨタ製のエンジンを搭載している。若手外国人ドライバーの発掘や、フォーミュラトヨタ・レーシングスクール(FTRS)やトヨタ・ヤングドライバーズ・プログラム(TDP)と連携しての日本人若手ドライバーの育成に積極的であり、外国人ではジャック・ヴィルヌーヴエイドリアン・スーティル、日本人では中嶋一貴大嶋和也といったドライバーたちが巣立っていった。またマカオグランプリにも積極的に参戦しており、1992年(リカルド・リデル)、1998年(ピーター・ダンブレック)、1999年(ダレン・マニング)、2007年(オリバー・ジャービス)、2008年(国本京佑)と、2010年までにマカオで通算5勝を挙げている。マカオグランプリには他にも日本のレーシングチームが多数参戦するが、F3レースで勝利したことがある日本のレーシングチームは、2010年現在トムスのみである。

全日本F3000選手権・フォーミュラ・ニッポン

全日本F3000選手権には1993年のみ参戦。ドライバー関谷正徳を起用し、第10戦は野田英樹が関谷に代わってスポット参戦。第11戦(最終戦)は関谷と野田の2台体制となる。

  • 1993年
TOM'S REYNARD 93D(#36 関谷正徳/野田英樹) - Reynard 93D・Ford Cosworth DFV
TENORAS TOM'S 93D(#30 野田英樹) - Reynard 93D・Ford Cosworth DFV
2010年JAFグランプリ・レース1のアンドレ・ロッテラー(前)と大嶋和也の1-2フィニッシュ

フォーミュラ・ニッポンには2006年より参戦。2006年に2勝、2007年に1勝、2008年に1勝(第6戦の第2レース)、2009年に1勝、2010年に2勝を挙げた。そして2011年にはロッテラーが5勝、中嶋一貴が1勝、さらにロッテラーが欠場した第2戦(中嶋が優勝)を除く全レースで二人が表彰台に上がるという圧倒的な強さで初のチームタイトルを獲得、ドライバーズランキングもロッテラーと中嶋で1位、2位を占めるという圧勝であった。

  • 2006年
DHG TOM'S RACING(#36 アンドレ・ロッテラー/#37 土屋武士) - FN06・TOYOTA RV8J
  • 2007年
DHG TOM'S RACING(#36 アンドレ・ロッテラー/#37 荒聖治) - FN06・TOYOTA RV8J
  • 2008年
PETRONAS TEAM TOM'S(#36 アンドレ・ロッテラー/#37 荒聖治) - FN06・TOYOTA RV8J
  • 2009年
PETRONAS TEAM TOM'S(#36 アンドレ・ロッテラー/#37 大嶋和也) - FN09TOYOTA RV8K
  • 2010年
PETRONAS TEAM TOM'S(#36 アンドレ・ロッテラー/#37 大嶋和也) - FN09・TOYOTA RV8K
  • 2011年(チームタイトル獲得)
PETRONAS TEAM TOM'S(#36 アンドレ・ロッテラー・井口卓人(第2戦のみ)/#37 中嶋一貴) - FN09・TOYOTA RV8K

全日本GT選手権・SUPER GT

全日本GT選手権には1995年より参戦。1997年にシリーズチャンピオンを獲得後、2005年SUPER GTとなってからも参戦を継続、2006年2009年にもシリーズチャンピオンに輝いた。マシンのベースとなる車種は2005年まではトヨタ・スープラを使用していたが、2006年からレクサス・SC430に変更された。エントラント名は2000年以前はスポンサー名を含むものだったが、2001年から「TOYOTA TEAM TOM'S」に統一した。同年に関谷正徳が監督に就任している。 尚、2008年からはスポンサー名を含むエントラント名に戻った。

カストロールトムススープラ(1997年 36号車)
  • 1995年
  • 1996年
  • 1997年
    • 36号車 カストロールトムススープラ ミハエル・クルム/ペドロ・デ・ラ・ロサ(BS)
    • 37号車 カストロールトムススープラ 関谷正徳/鈴木利男(BS)
  • 1998年
    • 36号車 カストロールトムススープラ 関谷正徳/ノルベルト・フォンタナ(DL)
    • 37号車 カストロールトムススープラ 鈴木利男/ケルビン・バート(DL)
  • 1999年
    • 35号車 マツモトキヨシトムススープラ 山路慎一/ピエール・アンリ・ラファネル(MI)
    • 36号車 カストロールトムススープラ 関谷正徳/黒澤琢弥(MI)
    • 37号車 カストロールトムススープラ 鈴木利男/片山右京(MI)
  • 2000年
    • 35号車 マツモトキヨシトムススープラ 山路慎一/ピエール・アンリ・ラファネル(MI)
    • 36号車 カストロールトムススープラ 関谷正徳/土屋武士(MI)
    • 37号車 カストロールトムススープラ 荒聖治/鈴木利男(MI)
  • 2001年
    • 36号車 カストロールトムススープラ 黒澤琢弥/土屋武士(MI)
    • 37号車 マツキヨZENTトムススープラ 山路慎一/ワイン・ガードナー(MI)
  • 2002年
  • 2003年
  • 2004年
  • 2005年
    • 36号車 DYNACITY(OPEN INTERFACE)トムススープラ 土屋武士/ジェームス・コートニー(BS)
    • 37号車 DYNACITY(OPEN INTERFACE)トムススープラ 片岡龍也/山本左近(BS)
    ※第4戦までダイナシティがメインスポンサーだったが、同社の社長の不祥事などがら、第5戦よりオープンインタフェースがメインスポンサーとなった。
OPEN INTERFACE TOM'S SC430(2006年)
  • 2006年
    ※2006年は1台のみのエントリーなのは、トヨタがSCの供給を全部で4台に絞ったためだが、この年以来2台体制で出場していない。鈴鹿1000kmでは、エイドリアン・スーティルも参戦。
  • 2007年
    • 1号車 宝山 TOM'S SC430 脇阪寿一/アンドレ・ロッテラー(BS)
    ※鈴鹿1000kmではオリバー・ジャービスが起用されている。
  • 2008年
    • 36号車 PETRONAS TOM'S SC430 脇阪寿一/アンドレ・ロッテラー(BS)
    ※鈴鹿1000kmではカルロ・ヴァン・ダムが起用されている。
  • 2009年
    • 36号車 PETRONAS TOM'S SC430 脇阪寿一/アンドレ・ロッテラー(BS)
  • 2010年
    • 1号車 PETRONAS TOM'S SC430 脇阪寿一/アンドレ・ロッテラー(BS)
  • 2011年
    • 36号車 PETRONAS TOM'S SC430 アンドレ・ロッテラー/中嶋一貴(BS)

※括弧内は使用タイヤメーカー。BS=ブリヂストン、DL=ダンロップ、MI=ミシュラン

チューニングパーツメーカーとしての活動

事業内容にもあるように基本的にトヨタ車専門のパーツメーカーである(かつてDoエンジニアリングとの共同で、マツダ・RX-7(FD3S)用アドヴォクスを発売した例外はある)。

ディーラー販売もされるため、手堅いメニューが多く、過度なチューニングは取り揃えていない。商品では、高価格車高調「コイルダンパーユニット アドヴォクス」において乗り心地の犠牲を伴わずに運動性能を向上させるコンセプトが高評価を受けた。また、このアドヴォクスの機能向上のためフロアプレースバーを製作販売し、またアドヴォクスと組み合わせるとドライバーにとって違和感のある動きをするという理由でARSキャンセラーを製作するなど、足回り関係の商品には重点を置いている。

また解析が難しいと言われたトヨタ・アリスト(JZS161 アリストV300)のチューンドECUである「T.E.C.II」はメーカー系の強みがある。

2007年10月にはレクサス・GSをベースとする1台限定のチューニングカー「LEXUS GS50」をYahoo! オークションに出品[1]した。






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