ぶらじる丸とは?

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ぶらじる丸

ぱなま丸型の船体船客設備取り付け構造客船。ラベンダー・グレーの船体煙突当時話題となった。晩年クルーズ客船として活躍したのち1974年から鳥羽港係留されて浮かぶ博物館となった。


ぶらじる丸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/05/11 03:47 UTC 版)

ぶら志゛る丸/ぶらじる丸(- まる、BRASIL MARU/BRAZIL MARU)は、大阪商船商船三井客船が所有し運航されていた貨客船および、洞雲汽船およびパナマのタモウ・ラインが所有し商船三井の手により運航されている鉄鉱石運搬船。


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  20. ^ 昭和17年5月1日(発令5月1日付)海軍辞令公報(部内限)第852号 p.21』 アジア歴史資料センター Ref.C13072112000 
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  22. ^ a b #S17.06MI海戦日誌(1)pp.4-5(別表第二 MI作戰部隊兵力部署)『護衛隊|指揮官:(司令官)2Sd|兵力:2Sd(-d×1)|神通 一五駆(黒潮、親潮) 一六駆(雪風、時津風、天津風、初風) 一八駆(不知火、霞、陽炎、霰)/一六掃、二一駆潜、魚雷艇五、哨戒艇三、清澄丸、ブラジル丸、アルゼンチナ丸、明陽丸、吾妻丸、北陸丸、鹿野丸、霧島丸、第二東亜丸、山陽丸、南海丸、筥洋丸(慶洋丸、五洲丸)あけぼの丸/(指揮官)二聯特|二聯特、第十一、十二設営隊、四測、陸軍一木支隊|一、「サンド」島「イースタン」島攻略 二、基地設営|主要任務:一、占領隊護衛 二、「ミツドウエイ」島攻略並ニ設営援助』
  23. ^ #あるぜんちな丸1705 p.3
  24. ^ #S17.05二水戦日誌(2)pp.16-19『機密MI攻略部隊護衛隊命令第一號別圖第四 第一泊地(外方泊地)及同警戒要領』
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  29. ^ #あるぜんちな丸戦闘詳報 p.40
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  32. ^ #あ号作戦日誌(4)p.17『(三)18dg(略)六月二十八日 18dg(陽炎欠)千代田 あるぜんちな丸ヲ護衛「キスカ」ニ向ケ横須賀發 六月二十九日陽炎横須賀出撃尓後野島埼南方ノ敵潜掃蕩ニ從事』
  33. ^ a b #日本空母物語105-107頁『戦列についた「鷹型」空母陣』
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  35. ^ a b 第二復員局残務處理部 『海軍の軍備竝びに戦備の全貌. 其の四(開戦から改(5)計画発足まで』、1951年6月。コマ14-16(原本17-20頁)『第二項 航空母艦緊急増勢 一、經緯並に實行計畫(中略)官房機密第八一〇七號 昭和十七年六月三十日決済 航空母艦増勢實行に關スル件仰裁 首題ノ件ニ關シテハ省部間研究ノ結果意見一致セルヲ以テ左記方針ニ依リ直ニ其ノ實行ニ着手シ極力整備促進ヲ圖ルコトニ取計可然哉 追テ軍令部ヨリノ商議手續ハ他ノ艦種ニ關スルモノト共ニ別途處理スルコトト致度  記 一、昭和十七年度ニ於テ改装完了ノコトニ豫定シアル左ノ三隻ハ出來得ル限リ速ニ之ヲ完成ス 飛鷹、大鯨、新田丸/二、昭和十八年度ニ於テハ左ノ五隻ヲ航空母艦ニ改装スルモノトシ極力其ノ工事ヲ促進ス アルゼンチナ丸、シャルンホルスト號、千歳、千代田、ブラジル丸(朱書)ブラジル丸ニ對シテハ驅逐艦用機關ノ換装使用ニ關シ研究ノ上成ルベク其ノ實現ヲ圖ルモノトス(三、四、五は略)(朱書)(イ)艤装簡單化及戰訓取入ニ關シテハ速ニ別途研究ス/(ロ)航空機運搬艦的ノ簡易ナル航空母艦ノ建造(商船改造)及淺間丸級三隻ノ改装問題(驅逐艦用機關使用)ニ關シテハ別途研究スルコトトス(別紙、別表添)(終)』
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  38. ^ #SS-213, USS GREENLING, Part 1 p.51,63
  39. ^ #SS-213, USS GREENLING, Part 1 p.51
  40. ^ #S17.04第2海護日誌(2)p.15『(六)管区内被害船舶調査表(含特設艦船)|所属:海軍省|艦船名:ぶらじる丸|種類:運雑(甲)|噸数:一二七五二|被害 日:八月五日|時:〇〇五八|時:北緯九度五六分東経一五〇度四六分|程度:沈没|』
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  47. ^ #駒宮 (1987) p.45
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  53. ^ 劣化による退色で薄くなったと岩重は推測している。あるぜんちな丸の後身海鷹 (空母)の戦後1947年で解体中の様子[[2]には客船時代の塗装(船体の前後に走る白線)が認められる。
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