2006 ワールド・ベースボール・クラシック 第1回大会の傾向と問題点

2006 ワールド・ベースボール・クラシック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/04 08:49 UTC 版)

第1回大会の傾向と問題点

傾向

全体的に前評判の低い国々の健闘が目立つ大会となった。特にオールアマチュアメンバーで準優勝を飾ったキューバ、リーグ戦で6連勝を記録した韓国、アメリカに競り勝ったメキシコ等の活躍が目立ち、強豪国とのレベルの差は戦前の予想よりずっと小さいと印象付けた。

一方、優勝した日本を含め、強豪国と考えられていた国々は苦戦が目立った。特に優勝候補とされたアメリカは第2ラウンドで敗退し、第1ラウンドでもカナダに敗れるなど大会を通じて不振が目立った。

また、準決勝に残った4か国中ドミニカ共和国を除く全ての国が、オリンピックなどの国際大会で好成績を残した実績のある選手を中心としたチーム編成であった事も注目される。

投球制限問題

第1回大会では各リーグ戦の試合ごとに投手の投球数制限が定められた。この投球数を超えた投手は投球数を超えた時点における打者との対戦を終えた後に強制的に他の投手と交代となった。

  • 第1ラウンド 65球
  • 第2ラウンド 80球
  • 準決勝・決勝 95球

また投球回数によって登板間隔を空ける制限が定められた。

  • 50球以上投げた場合 中4日
  • 30球以上50球未満の場合 中1日
  • 30球未満でも連投した場合 中1日

この背景には莫大な年俸を支払うMLBの球団側が、アメリカの保険会社に大会中の所属選手の故障に関する補償契約を求めた際、投球数の制限が無いと補償は出来ないと通告された点がある。これに対して、世界一を決める大会に制限は必要無いと主張する日本が唯一の反発の声を上げた。その一方で、この制限が投手起用や継投策などで緊張感や戦略性を生じさせ、結果的にはスリリングな試合展開の一助になったとする声もある。決勝戦では主力2投手を登板させられなかったキューバと投手を温存していた日本が明暗を分けた。

また、アメリカは投球制限から先発投手が長いイニングを投げられないことを見越して、本職の先発投手を3人(クレメンス、ピービー、ウィリス)に絞込み、それ以外のほとんどをMLB各球団のセットアッパー・クローザーで固めた。しかし、先発を極端に絞り込みすぎ、先発の誰かが不調であっても、ロングリリーフをこなせる中継ぎがほとんどいないため、なかなか降板させることが出来ずに、傷口を広げても打つ手が後手後手に回る状態に陥った。しかも、3人しか先発がいないためローテーションも崩すことができず、明らかに不調なウィリスも最後までローテーション通りに先発させる羽目になった。結局、アメリカは豪華リリーフ投手軍団が本領を発揮しないまま、2次予選で敗退した。

失点率

失点率とは「失点をその守ったイニング数で割ったもの」で、グループにおける戦績が同じの場合の順位決定方法に当該チーム間の失点率によって決まるとした。

しかし、これがグループでの同じ勝敗での順位決定をわかりづらいものにした。例えば、第2ラウンドの1組(アメリカラウンド)の2敗だったメキシコは2位で準決勝進出するためには、第3戦のアメリカ戦で延長13回までアメリカを無失点に抑えた上で3点以上とって勝利することが必要であった。つまり、少なくとも延長13回までアメリカを0点に抑えると共に自らも意図的に得点を取らず、かつ後攻のため13回以降に3点本塁打または満塁本塁打を打つことが条件であった。これを意図的に達成することは現実的には困難である。しかも、仮に0-0で延長13回裏を迎えたとしても、アメリカが故意に敬遠四球を連発すれば1対0の勝利となってしまい、アメリカがこの条件によって第2ラウンドを突破できる状況にあった場合、メキシコが第2ラウンドを通過できる可能性はなくなる。もっともメキシコも故意四球の場合は空振りを連発して三振をし、アメリカがボークによって走者を出した場合は守備妨害やベースコーチによる肉体的援助を故意に行って走者をアウトにし、イニングを次に進めることは可能である。

そのため、第2回ではダブルイリミネーション方式トーナメント戦が採用され、上位ラウンド進出において前述のようなわかりづらさは無くなった。

キューバ問題

キューバ共和国は大会開催地のアメリカと国交が無く、アメリカ政府が対立するキューバに対して禁輸措置を行っているため、WBCの利益分配が禁輸措置に違反するという理由によりアメリカ合衆国財務省の海外資産管理事務所がキューバ代表チームの入国を拒否した。これよりキューバのWBC出場が危ぶまれていたが、MLB機構と選手会はキューバに利益分配金が入らないという条件で入国の再申請を行い、また、キューバのカストロ議長も、WBCの分配金をアメリカのハリケーン被害者に全額寄付すると表明。こうした各所でのキューバ参加に向けた積極的な動きによって、最終的にはテキサス・レンジャーズのオーナーを務めたこともあるブッシュ大統領の鶴の一声により財務省もキューバ代表の入国を拒否する理由が失われ、晴れて正式にキューバの参加が可能となった。

台湾問題

初期においては台湾のエントリー名は「台湾」とされ、青天白日滿地紅旗)がその国旗として表記されていた。しかし、中国からの圧力によってチャイニーズ・タイペイと表記され、国旗も五輪旗)に変更された。

審判の問題

開催国チームが自国の審判団によって判定するシステムにも問題があると言われている。第1回大会では審判が総勢32名配備されているが、その内の22名がアメリカ人である。これに対しても、日本はWBC大会本部に意見書を提出し、次回大会(2009年に行われる予定の第2回大会)では、参加する全ての国と地域から審判や運営委員を派遣することを求め、WBC大会本部は「今後検討する」との回答を示した。

またこの大会の審判は当初、MLBの審判で行う予定であったが、プレシーズンのため契約が不成立となり、マイナーリーグの審判を採用することになった。このことも、一連の誤審騒ぎともあいまって問題点として指摘されている。サッカーのワールドカップの審判員(各国のFIFAのトップクラスの審判、且つどのチームとも関係のない中立国の人間)とは対照的となっている。

2006年 日本-アメリカ戦

第2ラウンド1組初戦での日本-アメリカ戦の3-3の同点で迎えた八回表一死満塁の西岡剛の三塁から本塁へのタッチアップが捕球より早かったとし、二塁塁審はセーフとしたものの、バック・マルティネス監督の抗議に応じ、球審のボブ・デービッドソンはアウトと判定を下して、事実上のダブルプレーとなり3死となった。その後、日本は九回裏にサヨナラ安打を許してしまい、3-4で敗れた。

これに対してテレビ中継を担当したESPNの番組内でもアナウンサーや一部の解説者が球審の判断に疑問を呈した。試合後、王監督は記者会見で「一番近い所で見ている審判(二塁塁審)のジャッジを、いくら抗議があったからとはいえ、(球審が)変えるというのは、見たことがありません」、「審判4人は(球審、塁審に関係なく)同じ権利があると思います。責任を持ってジャッジする立場の人間がしたものを、そういう形(球審の独断)で変えるということは考えられない」と、判定そのものよりも判定に至る過程を批判した上で、「特に野球のスタートした国であるアメリカで、そういうことがあってはいけない」とコメントした。二宮清純は、判定が覆った際にバック・マルティネス監督がガッツポーズしたシーンを取り上げて「アメリカの野球が死んだ日」と評した[16]

韓国の朝鮮日報はこの判定に対して「アメリカは厚顔無恥な詐欺劇を繰り広げた」と掲載。アメリカメディアも誤審との見解を示し、「Oh, What a bad call」(なんて酷い判定だ)と批判した。なお、「Oh」は王監督の名前を、「What a bad call」はWBCをもじっている。

この問題に関して日本が提出した質問書に対し、WBC大会本部は「判定への権限がある主審(球審)は最初からアウトの判定だった」として、「判定は正当である」、つまり、二塁塁審の判定はそもそも無効であり、球審がアウトを宣告した時点で初めてタッチアップに対する判定が下ったものと考えるという見解を示した。日本や世界では「世紀の大誤審」と呼ばれている。また、この誤審で初めてWBCが世界中に認知されたという皮肉も聞かれた。

2006年 メキシコ-アメリカ戦

第2ラウンド1組最終試合の三回裏、メキシコのマリオ・バレンズエラがアメリカの先発ロジャー・クレメンスから放った打球はライトポールに当った(本塁打となる)ものの、前述のボブ・デービッドソンが二塁打と判定した。メキシコのフランシスコ・エストラダ監督らがポールの黄色い塗料が付着したボールを見せ抗議したものの、抗議は却下された。この件に関してメキシコの監督は「球場全体が本塁打だと思ったはずだが、審判だけがそう思っていなかった」、本塁打を打った選手も、「あれ(ポール)がフェンスに見えたんだろう」とコメントしている。試合はメキシコが2-1と勝利し、当該チーム間の失点率で日本の準決勝進出が決定した。

開催時期の問題

開催時期が世界のプロ野球シーズン開幕前に設定されたため、プレイヤーが怪我をしてしまうとそのシーズンを丸々損ねかねないという危惧がされている。この件に関しても第2回以降の検討項目とされているが、大会終了後に次回も3月に行う方向で検討していることが発表された。

運営上のその他の問題点

第1回大会にはアメリカ偏重のシステムが多々見られた。大会優勝候補とされる中南米・カリブ勢がアメリカと決勝まで当たらないなど不均衡な組み合わせが組まれており、またアメリカは必ず中1日空けての試合で(日本は連戦の時があった)、しかもそれらは抽選等ではなく主催者の一存で決定されている。このあからさまにアメリカが決勝まで勝ちあがりやすいよう意図された組み合わせの結果、同一カードが準決勝までに最大で3戦行われるという奇妙な事態が発生している(日本対韓国がその例である)。このようなリーグ戦を勝ち上がったものによるトーナメントは、改めてその時点で抽選を行うか、同一カードが重ならないようにA組1位対B組2位、B組1位対A組2位というようにクロスさせるのが普通である。韓国は1次予選から唯一6勝全勝だったが、日本に準決勝で敗れたため、特に韓国では不満が大きかった(日本は準決勝までに韓国に2敗を含む計3敗していた。ただし、韓国では準決勝の試合前、それまで2戦2勝していた日本と再戦することを好都合と考える声が大きかったことや、第1ラウンドでの日韓戦は、勝敗に関係なく平等に第2ラウンドに進出できる消化試合であったことも勘案する必要がある)。

そもそも、国際野球連盟(IBAF)が主催するIBAFワールドカップという大会があるにもかかわらず、WBCという新たな大会が開催されたのは、IBAFワールドカップがプロの参加した真の世界一を決める大会となっていなかったためである。これは最大の影響力を持つ団体であるMLB機構が、国際野球連盟に参加していなかったことが影響していた。したがって、MLB機構が音頭をとってプロの参加した真の世界一を決める大会としてWBCが創設されたことは非常に大きな意義を持つ。しかし、MLB機構が主催したためルールの設定、運営がMLB主導でなされることとなった。そのため、参加国から不満が噴出することとなった。

MLB機構はかつて、2004年のアテネオリンピックにMLB所属の選手を出場させない事を決定し、その結果、アメリカのオリンピック地区予選敗退を招いてその責任を問われた事があった。WBCはその屈辱を晴らし、かつアメリカの野球の実力を世界に知らしめる格好の場となるはずであった。だが結果としては、アメリカ有利のシステムを導入したにもかかわらず、第2ラウンド敗退に終わった。その上、2次予選では審判判定問題を引き起こして、大会そのものの信頼性を揺らがせるものとなった。アメリカメディアはこの事態を重く見て、第2回以降の運営を公正化するよう、報道と言う形でWBC大会本部に要求した。


  1. ^ 朝日新聞社発行「知恵蔵」web版http://kotobank.jp/dictionary/chiezo/
  2. ^ スポーツナビ WBCとは
  3. ^ 共同通信ニュース特集 ワールド・ベースボール・クラシック右欄「WBCとは」参照
  4. ^ World Baseball Classic Tournament Rules and Regulations "POOL PLAY AND TIE-BREAKING PROCEDURES"”. 2013年3月1日閲覧。
  5. ^ 鈴木健一 (2023年3月19日). “【野球】なぜ3位決定戦はないのか 侍Jが優勝を狙うWBC 主催者に聞いてみた”. デイリー. 2023年6月7日閲覧。
  6. ^ World Rankings ENG” (英語). International Baseball Federation. 2010年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月4日閲覧。
  7. ^ mlb.com | World Baseball Classic 2006 Stats
  8. ^ 치로, ‘30년 발언’은 어떻게 된 거야? [リンク切れ]、東亜日報 2006年3月7日
  9. ^ 日언론 '이치로 30년 발언에 韓 발끈' [リンク切れ]、スポーツソウル 2006年2月28日
  10. ^ 2006年3月19日 準決勝:日本-韓国。日本の6点リードで迎えた9回表はイチロー外野手(シアトル・マリナーズ)の三塁邪飛にて攻撃を終えた。この際、途中出場した韓国の鄭成勲三塁手(現代ユニコーンズ)がボールをキャッチした後にしばらくボールを持ったまま走り、ベンチに戻るイチローとすれ違うタイミングでその足元にボールを放り投げた。これらの行動は偶然の結果だとも考えられるが、ボールを保持したまま相当の距離を走っていること、試合前からの韓国サイドによるイチローへの敵対心等から、故意の行動だとの疑惑が持たれた。WBCの公式メディアであるESPNの解説者は中継時、「高校生フットボール選手のような行動だ」と強く非難した。日本のメディアの中では一部新聞が翌日の朝刊で取り上げ、それまでの経緯も含めて報道した。
  11. ^ 同試合で、福留孝介が先制2点本塁打を打った直後の打席についた小笠原道大に対して金炳賢が投げた1球目がデッドボールとなり、審判は金炳賢に対し警告を出した。
  12. ^ 韓国「マウンド国旗立て」に「イチローさんも怒ってた」多村仁志氏語る06年WBC「あれはない」 J-CASTニュース 2022年8月19日
  13. ^ 【WBC】06年は韓国選手がマウンドに国旗 イチロー「最も屈辱的な日」/過去の主な日韓戦 日刊スポーツ 2023年3月10日
  14. ^ この翌日に行われるアメリカ-メキシコ戦で、メキシコが2点以上取って勝利すればという可能性はあったが、当のメキシコチームですら試合前日にディズニーランドで遊んでいた程、事前予想では圧倒的にアメリカ有利と見られていた。
  15. ^ こじへい (2017年3月22日). “イチローの「30年発言」から生まれた因縁……激闘だった第1回WBCの韓国戦(2/3)”. エキサイトニュース. 2020年1月7日閲覧。
  16. ^ 『number』2006年4月号より
  17. ^ 現:BS-TBS





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