西川のりお
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レコード
- 『ガンバレたこ焼きタイガース』(B面:『北国へ』1982年11月5日、ポリスター)
- 『おじさんの気持ちも知らないで〜哀愁のシイタケ族〜』[10](B面:『泣いてる人へ』1984年、ポニーキャニオン)
- 『県別性格判断』(B面:『ここだけの話』1985年、ポリドール)
主な著書
- 「オカン」(第20回読売ヒューマンドキュメンタリー大賞優秀賞、第29回秋田実賞を受賞したエッセイ)
- 『まかせなさい―西川のりお主義』双葉社 赤丸 1984
- 『大きなお世話だ―ソラあんたシャレならんで!』ワニブックス 1985
- 『大阪・タイガース―おっさん頭の線切れた』データハウス 1985
- 『ジョーダンはよせ―恐怖の芸能界ワルのり大作戦』ワニブックス、1985
- 『のりおの事件簿』データハウス、1985年12月21日。
- 『のりおのゼニはこう貯めるんや!―1千万はすぐ手にできる』羊書房 1988
- 『西川のりおの銭ゲバの美学―こう貯めるんや,こう使うんや』ベストセラーズ ワニの本 1990
- 『オレの銭かえせ!!―バブル崩壊西川のりお大爆発』データハウス 1992
- 『オトンとオカン』東京書籍、2002年
- 『続・オトンとオカン』東京書籍、2002年
- 亡き父と母の思い出を綴った。
- 『オカン』徳間文庫 2005
- 『付き人』ロコモーションパブリッシング 2006
- 『橋下徹はなぜ大阪で独裁政治ができるのか?』ヨシモトブックス 2012
- 共著
- 『女はホーホケキョ』上方よしお共著 レオ企画 1981
関連項目
- ^ a b c 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、118頁。
- ^ 西川のりお師匠語る大阪都構想 女性自身(2015年5月16日付)
- ^ “西川のりおが高畑監督悼む当たり役「テツ」作った方”. 日刊スポーツ. 2019年7月7日閲覧。
- ^ 1992年のインタビューで当時の苦労話を綴り『感情が入ったなと思ったら、タイミングが合わん。もう一回やったらその反対になるし.....。ホンマに疲れますわ。スタジオに8時間以上もいて、録音が終わったら放心状態やけど、それだけ仕事したなと満足感を感じます」と回想している。のりおによると毎週2本録り且つ未完成の映像にアフレコするという難易度の高さから真夜中までアフレコが終わらないことが少なくなかったため「夜中になんでこんなことしなあかんねん」と泣きそうになったこともあったという(「大阪新聞」1992年6月7日夕刊より)
- ^ “当時のアフレコの苦労話も飛び出した『じゃりん子チエTV版』舞台挨拶”. 京都国際映画祭. 2019年7月7日閲覧。
- ^ 西川のりお - オリコンTV出演情報
- ^ “じゃりン子チエ”. トムス・エンタテインメント 公式サイト. トムス・エンタテインメント. 2024年5月19日閲覧。
- ^ “じゃりン子チエ”. トムス・エンタテインメント 公式サイト. トムス・エンタテインメント. 2024年5月19日閲覧。
- ^ “チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ”. トムス・エンタテインメント 公式サイト. トムス・エンタテインメント. 2024年5月19日閲覧。
- ^ ボーカルは小林千絵で、西川はセリフと合いの手を担当。
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