石鹸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/27 14:06 UTC 版)
環境への影響
石鹸と合成洗剤は、1gあたりの洗浄能力および必要量が全く異なるため、単純比較してはならない。
石鹸が合成洗剤より環境への影響が小さいとされるのは、環境中で石鹸分子の界面活性剤機能が速やかに失われる事と、最終分解までの期間が短いことを根拠としている。ただし、石鹸と同じ用途で使われる合成洗剤製品には多様な副成分、添加剤が使われているため、主成分のみの比較ではあまり意味はない。
2014年4月、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律における、リスク評価を優先的に行う必要がある物質(優先評価化学物質)[27]に指定されている。
2014年、界面活性剤の環境特性および影響に関する250以上の論文・報告をまとめた論文が発表され、石鹸を含む界面活性剤は非常に大量に使用され水生環境に広く放出されているものの、現在の使用レベルでは水生環境または底質環境に悪影響を及ぼさないと報告した[28]。
毒性
生物細胞は細胞膜表面で重要な物質代謝を行っており、細胞膜は繊細な界面(ここでは水と油が接触する境界面)で成立しており、試験管内での細胞毒性試験で界面活性剤を作用させると機能を失い、死滅する。このため、石鹸や合成洗剤などの界面活性剤は特に水生生物への毒性が強く、環境中に一定濃度以上存在すると生態に悪影響を及ぼすことになる。
しかし、石鹸は硬度成分(カルシウムとマグネシウムイオン)の封鎖により親水性を失い、水に溶けない金属石鹸(石鹸かす)となる。また、バクテリアによる資化で脂肪鎖の親油性も低下しやすい。こうして界面活性力を失うことで、毒性も消失する。
魚毒性試験では、石鹸(脂肪酸ナトリウム)の半数致死量は 100 mg/L 前後と、1-10 mg/L の合成洗剤(LASなど)より弱いものの毒性を持つ[29]が、実験室環境なので硬度の供給がなくバクテリア濃度も低いことから、値が小さくなっている。
一方、合成洗剤は硬度の影響を受けない商品としての特長と、安価な合成樹脂を原料とする製品としての特長から、界面活性力が持続して毒性も継続する。代表的な直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム (LAS) の場合、直鎖末端のアルキル基が酸化されてカルボキシル基となると親油性が大きく低下する。ただし、この反応は底質など酸素の乏しい環境では進行せず、水中の固形物に吸着されて沈殿すると残留しやすい。下水処理で汚泥中に残留するのは、このためである。
分解性
石鹸を構成する脂肪酸は、環境中ではバクテリアや水生生物による摂取・分解が積極的に行われる。このため、一時分解性、完全分解性ともに高く、環境中での半減期が短いことから環境負荷が低いとされる。
ただしこのことは、BODが高く水中の溶存酸素の消費速度が大きいことも意味するため、酸素の供給が乏しい止水域では酸欠リスクを強める。また、用水の硬度が高い地域では使用量を増やす必要から、有機物負荷量が高くなる(逆に著しく低い場合は、親水性が残留し毒性低下が遅れる可能性がある)。
一方、合成洗剤(LAS)の代表的な化合物の場合、BODが47%と5日間でほぼ半減[30]しているが、石鹸よりは遅いことになる。また、魚の場合体内の半減期が1 - 6日間と資化に時間がかかることから、蓄積性を持つ。
オイルボール
1997年頃から、東京の海岸に悪臭を帯びた白い油脂塊がみられるようになった。これは、家庭や事業所から排出され下水に流入した油分が、下水内でバクテリアによって脂肪酸となり、下水内のカルシウムイオンと反応してカルシウム石鹸となったものである[31]。オイルボールとも呼ばれる[32][33]。中国で問題となっている地溝油も同種のものである。主成分は、パルミチン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸、オレイン酸等の高級脂肪酸及びその金属塩である[31]。
東京などで採用されている合流式下水道は、大雨時などには未処理の下水が川や海に放流されるという構造を持つ[34]。こうして放流された未処理の下水を越流水と呼ぶ。その中には家庭や事業所からの排出された油分や汚物が含まれているため、オイルボールの原因となっていた。近年では下水設備の改良により減少傾向にある[35]。
注釈
出典
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