スリラー (ミュージック・ビデオ)
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ホラー要素
このミュージック・ビデオでは、過去のホラー映画への多くのオマージュが行なわれている[11]。冒頭のシーンでは、ジャクソンとレイが1950年代のティーンエイジャーに扮して、当時のB級映画のパロディになっている。礼儀正しい「好感度の高い男子」から狼男への大劇変は、生まれつき獣的・肉食的・攻撃的と表現されるところの、男の性的資質を描写していると解釈されてきている。批評家のコベナ・マーサーは、『狼の血族』(1984年)における狼男との類似性を見出した[11]。
二度目の大劇変はマイケルからゾンビへの変化であり、それが導入部となるゾンビの群れのダンスシーンは、死者の仮面舞踏会に言及した歌詞に対応している[12]。ジャクソンのメーキャップは「幽霊のように蒼白」で骸骨の輪郭を強調しており、これは『オペラの怪人』(1925年)をオマージュしたものである[12]。
ピーター・デンドルによると、ゾンビの襲来シーンは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)に触発されたものだった。このミュージック・ビデオは、ゾンビ映画に不可欠な閉所恐怖症と無力感の感覚を上手く表現しているとデンドルは記した[13]。
リリース
1983年11月14日、このミュージック・ビデオはロサンゼルスのクレスト・シアターにて内輪で上映された。そこにはダイアナ・ロス、ウォーレン・ベイティ、プリンス、エディ・マーフィなどの著名人が居た。ジャクソンは映写室に陣取り、レイが客席に降りるよう勧めても応じなかった。上映後は総立ちの大喝采で、マーフィが強くせがんでもう一度上映された[3]。
そして1983年12月2日、このミュージック・ビデオは『Making Michael Jackson's Thriller』と共に、MTV にて解禁された[5]。MTV は放映の都度、次にいつ放映するか告知し、普段の10倍の視聴者数を記録した[3]。Showtime は翌年2月にこのビデオを6回放映した[3]。数か月のうちにビデオカセットは100万本を売り上げ、当時のビデオ作品の売り上げ記録を塗り替えた[3]。映画館での上映実績を条件とするアカデミー賞にエントリー可能とするため、ランディスはロサンゼルスの映画館で『ファンタジア』(1940年)の前振りとしてこのミュージック・ビデオを上映するよう手配したが、結局ノミネートは逃した[5]。
このミュージック・ビデオによりアルバム『スリラー』の売り上げは劇的に飛躍し、ビデオ解禁から一週間で100万枚が売れた[5]。アルバムの売り上げは倍加し、史上最も売れたアルバムとなった[3]。ランディスによると、この反響は「皆にとって驚きだったが、マイケルだけは別だった[4]。」この成功により、ジャクソンは大衆文化において世界レベルで圧倒的な影響力を持つようになり、「ポップの帝王」(king of pop) としての地位を確固たるものにした[3]。
1984年の MTV ビデオ・ミュージック・アワードにおいて『スリラー』のミュージック・ビデオは、視聴者投票部門、総合パフォーマンス部門、振付部門を受賞し、コンセプト・ビデオ部門、男性ビデオ部門、ビデオ・オブ・ザ・イヤーにノミネートされた[14]。
1984年にテレビ暴力表現全国連合 (National Coalition on Television Violence, NCTV) は MTV のビデオ200本を検閲して、その半分以上を過度に暴力的だとし、『スリラー』もそれに含まれた。NCTV 議長の Thomas Radecki は「『スリラー』を観た若い視聴者が『へぇー、マイケル・ジャクソンがガールフレンドを怖がらせていいなら、俺もやって良いよなぁ?』と言いかねないことは想像に難くない。」と述べた[15]。
影響
『スリラー』のミュージック・ビデオは、大きな文化的影響力としての MTV の地位を確かなものとし、黒人アーティストらの前に立ちはだかっていた人種障壁の解体を助け、ミュージック・ビデオの制作に大変革をもたらし、メイキング・ドキュメンタリーを一般的なものとし、VHS テープのレンタルとセールスを活性化した。ミュージック・ビデオ監督のブライアン・グラーントは、ミュージック・ビデオ制作が「真っ当な産業」になった転換点として『スリラー』の功績を認めた[5]。MTV の幹部だったニーナ・ブラクウドは「(『スリラー』以降)私たちは、より洗練されたビデオを目にするようになりました ― よりストーリー展開があって、より凝った振り付けの作品をです。初期のミュージック・ビデオを観てごらんなさい、それはもう呆れるほどひどいものでした。」と述べた[16]。
ABCニュースのヴィニ・マリーノウは「このミュージック・ビデオが『史上最も偉大なビデオ』に選ばれたのは『言うまでもないこと』であり、ほぼ全ての人々から最も偉大なビデオと見做され続けるのだ」と述べた[17]。MTV のギル・コーフマンは「このミュージック・ビデオは『象徴的』なものであり、ジャクソンの『最も永く残るであろう遺産』のひとつ」と表現した[18]。コーフマンはさらに、『スリラー』はミュージック・ビデオに大変革をもたらした短編映画であり、史上最も野心的で創造的なポップ・スターの一人というジャクソンの地位を確かなものにしたと述べた[18]。
このミュージック・ビデオは、1995年に MTV から[19]、2001年にはケーブルテレビ局 VH1 と[17]タイム誌から[20]「最も偉大なビデオ」に選ばれた。2010年に MySpace が実施した1,000人以上のユーザによる人気投票において、『スリラー』は最も影響力のあるミュージック・ビデオに選ばれた[21]。2009年に『スリラー』は、アメリカ議会図書館によってアメリカ国立フィルム登録簿に登録された初のミュージック・ビデオとなった[22]。アメリカ議会図書館は『スリラー』を「史上最も有名なミュージック・ビデオ」と説明した[23]。国立フィルム保存委員会のコーディネーターであるスティーヴ・レギットによると、『スリラー』は何年にもわたって登録を検討されてはいたが、主としてその年のジャクソンの死により選ばれるに至ったのだという[24]。
ジャクソンの赤い革ジャン(スリラー・ジャケット)は象徴的なファッション・アイテムとなり、広く模倣されている。2011年にはジャクソンが劇中で着用した2着のうち1着がオークションに出され、180万ドルで落札された[25]。『スリラー』はハロウィンと強く結びつけられるようになって来ている[26][27]。2016年にオバマ大統領夫妻はホワイトハウスでのハロウィン・パーティにおいて、学童たちと共に「スリラー」の曲に合わせてダンスを踊った[28]。
ハリウッドのとある制作会社は、アルバム『スリラー』の一曲「ビリー・ジーン」を短編映画化する企画を立てたが、完成には至っていない[15]。2009年にジャクソンは、ミュージック・ビデオを下敷きにしたブロードウェイ・ミュージカル上演のため、『スリラー』の権利をネダーランダー・オーガニゼーションへ売った。
YouTube で『スリラー』は人気作品であり続けており、ダンスを再現した一般ユーザによる動画も見ることができる。そのダンスは世界中の様々な主要都市で演じられており、その最大のものはメキシコシティで12,937人が参加したものである[3]。1,500人以上の囚人がダンスに参加した YouTube 動画は2010年時点で1,400万回の再生回数を記録した[3]。
2017年の第74回ヴェネツィア国際映画祭において、このミュージック・ビデオの新たに復元された 3D バージョンが世界で初めて公開され、新たにリマスターされた『Making Michael Jackson's Thriller』も同時上映された[29]。3D バージョンはトロント国際映画祭でも上映され[30]、次いで米国ではグローマンズ・チャイニーズ・シアターで封切られた[31]。その後も2018年に、北米での『ルイスと不思議の時計』の公開初週に本編前の併映作品として上映するという限定的な事情から IMAX 3D でさらにリマスターされた[32]。オリジナルのネガフィルムからの復元はジョン・ランディスが監督した。新しいバージョンには新たにリミックスされたオーディオと、ジャンプスケアのエンディングも加わっている。
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