スリラー (ミュージック・ビデオ) ホラー要素

スリラー (ミュージック・ビデオ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/03 07:24 UTC 版)

ホラー要素

このミュージック・ビデオでは、過去のホラー映画への多くのオマージュが行なわれている[11]。冒頭のシーンでは、ジャクソンとレイが1950年代のティーンエイジャーに扮して、当時のB級映画のパロディになっている。礼儀正しい「好感度の高い男子」から狼男への大劇変は、生まれつき獣的・肉食的・攻撃的と表現されるところの、男の性的資質を描写していると解釈されてきている。批評家のコベナ・マーサー英語版は、『狼の血族』(1984年)における狼男との類似性を見出した[11]

二度目の大劇変はマイケルからゾンビへの変化であり、それが導入部となるゾンビの群れのダンスシーンは、死者の仮面舞踏会に言及した歌詞に対応している[12]。ジャクソンのメーキャップは「幽霊のように蒼白」で骸骨の輪郭を強調しており、これは『オペラの怪人』(1925年)をオマージュしたものである[12]

ピーター・デンドル英語版によると、ゾンビの襲来シーンは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)に触発されたものだった。このミュージック・ビデオは、ゾンビ映画に不可欠な閉所恐怖症と無力感の感覚を上手く表現しているとデンドルは記した[13]

リリース

1983年11月14日、このミュージック・ビデオはロサンゼルスのクレスト・シアターにて内輪で上映された。そこにはダイアナ・ロスウォーレン・ベイティプリンスエディ・マーフィなどの著名人が居た。ジャクソンは映写室に陣取り、レイが客席に降りるよう勧めても応じなかった。上映後は総立ちの大喝采で、マーフィが強くせがんでもう一度上映された[3]

そして1983年12月2日、このミュージック・ビデオは『Making Michael Jackson's Thriller』と共に、MTV にて解禁された[5]。MTV は放映の都度、次にいつ放映するか告知し、普段の10倍の視聴者数を記録した[3]。Showtime は翌年2月にこのビデオを6回放映した[3]。数か月のうちにビデオカセットは100万本を売り上げ、当時のビデオ作品の売り上げ記録を塗り替えた[3]。映画館での上映実績を条件とするアカデミー賞にエントリー可能とするため、ランディスはロサンゼルスの映画館で『ファンタジア』(1940年)の前振りとしてこのミュージック・ビデオを上映するよう手配したが、結局ノミネートは逃した[5]

このミュージック・ビデオによりアルバム『スリラー』の売り上げは劇的に飛躍し、ビデオ解禁から一週間で100万枚が売れた[5]。アルバムの売り上げは倍加し、史上最も売れたアルバムとなった[3]。ランディスによると、この反響は「皆にとって驚きだったが、マイケルだけは別だった[4]。」この成功により、ジャクソンは大衆文化において世界レベルで圧倒的な影響力を持つようになり、「ポップの帝王」(king of pop) としての地位を確固たるものにした[3]

1984年の MTV ビデオ・ミュージック・アワードにおいて『スリラー』のミュージック・ビデオは、視聴者投票部門、総合パフォーマンス部門、振付部門を受賞し、コンセプト・ビデオ部門、男性ビデオ部門、ビデオ・オブ・ザ・イヤーにノミネートされた[14]

1984年にテレビ暴力表現全国連合 (National Coalition on Television Violence, NCTV) は MTV のビデオ200本を検閲して、その半分以上を過度に暴力的だとし、『スリラー』もそれに含まれた。NCTV 議長の Thomas Radecki は「『スリラー』を観た若い視聴者が『へぇー、マイケル・ジャクソンがガールフレンドを怖がらせていいなら、俺もやって良いよなぁ?』と言いかねないことは想像に難くない。」と述べた[15]

影響

2008年にテキサス州オースティンで開かれたイベント「スリル・ザ・ワールド」の参加者たち

『スリラー』のミュージック・ビデオは、大きな文化的影響力としての MTV の地位を確かなものとし、黒人アーティストらの前に立ちはだかっていた人種障壁の解体を助け、ミュージック・ビデオの制作に大変革をもたらし、メイキング・ドキュメンタリーを一般的なものとし、VHS テープのレンタルとセールスを活性化した。ミュージック・ビデオ監督のブライアン・グラーントは、ミュージック・ビデオ制作が「真っ当な産業」になった転換点として『スリラー』の功績を認めた[5]。MTV の幹部だったニーナ・ブラクウドは「(『スリラー』以降)私たちは、より洗練されたビデオを目にするようになりました ― よりストーリー展開があって、より凝った振り付けの作品をです。初期のミュージック・ビデオを観てごらんなさい、それはもう呆れるほどひどいものでした。」と述べた[16]

ABCニュースのヴィニ・マリーノウは「このミュージック・ビデオが『史上最も偉大なビデオ』に選ばれたのは『言うまでもないこと』であり、ほぼ全ての人々から最も偉大なビデオと見做され続けるのだ」と述べた[17]。MTV のギル・コーフマンは「このミュージック・ビデオは『象徴的』なものであり、ジャクソンの『最も永く残るであろう遺産』のひとつ」と表現した[18]。コーフマンはさらに、『スリラー』はミュージック・ビデオに大変革をもたらした短編映画であり、史上最も野心的で創造的なポップ・スターの一人というジャクソンの地位を確かなものにしたと述べた[18]

このミュージック・ビデオは、1995年に MTV から[19]、2001年にはケーブルテレビ局 VH1[17]タイム誌から[20]「最も偉大なビデオ」に選ばれた。2010年に MySpace が実施した1,000人以上のユーザによる人気投票において、『スリラー』は最も影響力のあるミュージック・ビデオに選ばれた[21]。2009年に『スリラー』は、アメリカ議会図書館によってアメリカ国立フィルム登録簿に登録された初のミュージック・ビデオとなった[22]。アメリカ議会図書館は『スリラー』を「史上最も有名なミュージック・ビデオ」と説明した[23]国立フィルム保存委員会英語版のコーディネーターであるスティーヴ・レギットによると、『スリラー』は何年にもわたって登録を検討されてはいたが、主としてその年のジャクソンの死により選ばれるに至ったのだという[24]

ジャクソンの赤い革ジャン(スリラー・ジャケット)は象徴的なファッション・アイテムとなり、広く模倣されている。2011年にはジャクソンが劇中で着用した2着のうち1着がオークションに出され、180万ドルで落札された[25]。『スリラー』はハロウィンと強く結びつけられるようになって来ている[26][27]。2016年にオバマ大統領夫妻はホワイトハウスでのハロウィン・パーティにおいて、学童たちと共に「スリラー」の曲に合わせてダンスを踊った[28]

ハリウッドのとある制作会社は、アルバム『スリラー』の一曲「ビリー・ジーン」を短編映画化する企画を立てたが、完成には至っていない[15]。2009年にジャクソンは、ミュージック・ビデオを下敷きにしたブロードウェイ・ミュージカル上演のため、『スリラー』の権利をネダーランダー・オーガニゼーション英語版へ売った。

YouTube で『スリラー』は人気作品であり続けており、ダンスを再現した一般ユーザによる動画も見ることができる。そのダンスは世界中の様々な主要都市で演じられており、その最大のものはメキシコシティで12,937人が参加したものである[3]。1,500人以上の囚人がダンスに参加した YouTube 動画は2010年時点で1,400万回の再生回数を記録した[3]

2017年の第74回ヴェネツィア国際映画祭において、このミュージック・ビデオの新たに復元された 3D バージョンが世界で初めて公開され、新たにリマスターされた『Making Michael Jackson's Thriller』も同時上映された[29]。3D バージョンはトロント国際映画祭でも上映され[30]、次いで米国ではグローマンズ・チャイニーズ・シアターで封切られた[31]。その後も2018年に、北米での『ルイスと不思議の時計』の公開初週に本編前の併映作品として上映するという限定的な事情から IMAX 3D でさらにリマスターされた[32]。オリジナルのネガフィルムからの復元はジョン・ランディスが監督した。新しいバージョンには新たにリミックスされたオーディオと、ジャンプスケアのエンディングも加わっている。


  1. ^ Michael Jackson's Thriller (PG)”. British Board of Film Classification (1983年12月9日). 2016年10月9日閲覧。
  2. ^ Director: Funds for "Thriller" almost didn't appear”. Today.com. 2016年8月19日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y The "Thriller" Diaries”. Vanity Fair (2010年1月24日). 2019年10月9日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m John Landis on the making of Michael Jackson's Thriller: 'I was adamant he couldn't look too hideous'”. The Guardian (2017年8月31日). 2018年10月27日閲覧。
  5. ^ a b c d e f Hebblethwaite, Phil (2013年11月21日). “How Michael Jackson's Thriller changed music videos for ever”. The Guardian. 2018年10月29日閲覧。
  6. ^ Jay Cocks; Denise Worrell; Peter Ainslie; Adam Zagorin (1982年12月26日). “Sing a Song of Seeing”. Time. http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,926425-3,00.html 2009年11月15日閲覧。 
  7. ^ Romano, Aja (2018年10月31日). “Michael Jackson's "Thriller" is the eternal Halloween bop — and so much more” (英語). Vox. 2020年8月3日閲覧。
  8. ^ Michael Jackson's Life & Legacy: Global Superstar (1982–86)”. VH1. 2009年7月7日閲覧。
  9. ^ Photographic image of film schedule (JPG)”. S12.postimg.org. 2016年8月19日閲覧。
  10. ^ Author Unknown (1984-05-22). “Young People Ask..."What About Music Videos?"”. Awake! (Watchtower Bible and Tract Society). 
  11. ^ a b Mercer (2005), p. 85-89
  12. ^ a b Mercer (1991), p. 316-317
  13. ^ Dendle (2001), p. 171
  14. ^ VMA Archive 1984”. MTV (2000年3月1日). 2020年10月13日閲覧。
  15. ^ a b 25 'Thriller' facts”. Los Angeles Times (2008年2月18日). 2010年1月23日閲覧。
  16. ^ “Michael Jackson's videos set a new standard”. Reuters. (2009年7月3日). https://www.reuters.com/article/us-jackson-mtv-idUSTRE56254W20090703 2019年9月30日閲覧。 
  17. ^ a b Vinny Marino (2001年5月2日). “VH1 Names '100 Greatest Videos of All Time'”. ABC News. 2010年1月22日閲覧。
  18. ^ a b Gil Kaufman (2009年12月30日). “Michael Jackson's 'Thriller' Added To National Film Registry”. MTV. 2010年1月23日閲覧。
  19. ^ MTV: 100 Greatest Music Videos Ever Made”. RockOnTheNet.com. Rock on the Net. 2010年1月23日閲覧。
  20. ^ Craig Duff (2011-07-28). “The 30 All-TIME Best Music Videos – Michael Jackson, 'Thriller'”. Time. http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,2085389_2085392_2085363,00.html 2011年8月19日閲覧。. 
  21. ^ 'Thriller' voted most influential pop video”. MSNBC (2010年5月2日). 2010年5月3日閲覧。
  22. ^ Alex Dobuzinskis (2009年12月30日). “Jackson "Thriller" film picked for U.S. registry”. Reuters. 2010年1月22日閲覧。
  23. ^ Dave Itzkoff (2009年12月30日). “'Thriller' Video Added to U.S. Film Registry”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2009/12/31/arts/music/31arts-THRILLERVIDE_BRF.html 2010年1月23日閲覧。 
  24. ^ “Michael Jackson's Thriller added to US film archive”. BBC News. (2009年12月31日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/8435911.stm 2010年1月22日閲覧。 
  25. ^ 'Thriller' Jacket Brings in $1.8 Million”. Rolling Stone (2011年6月27日). 2019年10月9日閲覧。
  26. ^ Clifford, Edward. “Michael Jackson's 'Thriller' remains a Halloween hit”. Massachusetts Daily Collegian. 2019年9月30日閲覧。
  27. ^ Romano, Aja (2018年10月31日). “Michael Jackson's "Thriller" is the eternal Halloween bop — and so much more”. Vox. 2019年10月4日閲覧。
  28. ^ McCarthy, Ciara (2016年11月1日). “Barack and Michelle Obama make Halloween a thriller for DC kids”. The Guardian. ISSN 0261-3077. https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2016/nov/01/barack-michelle-obama-white-house-halloween-thriller 2019年10月4日閲覧。 
  29. ^ 'Michael Jackson's Thriller 3D' to World Premiere at Venice Film Festival 2017”. The Hollywood Reporter. 2018年12月17日閲覧。
  30. ^ Brown, Phil (2017年9月13日). “John Landis on 'Thriller 3D', the 'American Werewolf' Remake, & Lucasfilm's Director Troubles”. Collider. 2018年12月17日閲覧。
  31. ^ Niemietz, Brian. “'Thriller 3D' screening brings back the ghosts of Michael Jackson past – NY Daily News”. Daily News. 2018年12月17日閲覧。
  32. ^ 'Michael Jackson's Thriller 3D' To Be Remastered for IMAX”. Billboard. 2018年12月17日閲覧。
  33. ^ Grossberg, Josh (2009年1月27日). “A Legal Thriller: Michael Jackson Sued by John Landis”. E!. 2012年1月14日閲覧。
  34. ^ Michael Jackson sued by 'Thriller' director”. NME (2009年1月27日). 2016年8月19日閲覧。
  35. ^ “Michael Jackson, King of Pop, is dead at 50”. Los Angeles Times. (2009年6月26日). https://latimes.com/news/local/la-me-michael-jackson-dead26-2009jun26,0,2152435.story 2016年8月19日閲覧。 
  36. ^ MTV: 100 Greatest Music Videos Ever Made”. Rock On The Net. 2016年8月19日閲覧。


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