エア・ブラウン
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本社が入る銀座三井ビルディング | |
種類 | 株式会社 |
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本社所在地 |
日本 東京都中央区銀座八丁目13-1 銀座三井ビルディング 2F 北緯35度40分1.3秒 東経139度45分47.3秒 / 北緯35.667028度 東経139.763139度座標: 北緯35度40分1.3秒 東経139度45分47.3秒 / 北緯35.667028度 東経139.763139度 |
設立 | 1970年4月 |
業種 | サービス業 |
法人番号 | 8010001037842 |
事業内容 | 電子材料・化学品・医薬品原料・試験計測機器・理化学機材の取扱 |
代表者 | 立岡道広(代表取締役社長) |
資本金 | 7千万円 |
発行済株式総数 | 112,500株 |
従業員数 | 104名(2022年3月31日現在) |
外部リンク |
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主に、電子材料・化学品・医薬品原料・試験計測機器・理化学機材を取り扱う。
現社名は、イギリスの航海士、技術者であるアルバート・リチャード・ブラウン(Albert Richard Brown、キャプテン・ブラウン)に由来する。
概要
1949年に英国法人エ・ア・ブラウン・マックファレン社のリチャード・ブラウンが来日し、同社の東京支店を開設したのが創業である。 エ・ア・ブラウン・マックファレン社は明治のお雇い外人で、明治政府の要請により明治丸の造船責任者として活躍し日本の海運業の発展に貢献したキャプテン・ブラウンが1890年にイギリスのグラスゴーに設立したものである。
東京支店はリチャード・ブラウンの日本の戦後復興に先端技術で貢献したいとの経営方針で、1952年にシリコーン樹脂を初めて日本に輸入し、1953年にはイギリスからはラジオアイソトープを輸入した。その後も、東洋一の反射天体望遠鏡を東京大学に英国PAY社製テレビを葉山御用邸に納入した。1959年にはアメリカのミルスペックに準拠する振動試験機と衝撃試験機を導入し日本製品の信頼性を高めることに貢献した。
1970年には英国商社の支店という枠を超えて日本法人として生まれ変わるために、ボクスイ株式会社の出資を得てボクスイ・ブラウン株式会社となった。その時代の技術進化に合わせてファインケミカルや理化学製品の取り扱いを拡大した。
1988年には独立し1995年にエア・ブラウン株式会社と社名を変更した。
バブル崩壊後の厳しい経済環境下からリーマンショックや東日本大震災を乗り越え、医薬品原料・ナノテク素材・畜産関連試験キット・面圧センサーや自動運転支援システムなどの新商品を導入し、技術の先端を担う商社活動を推進してきた。 現在はアジア地域へ活動を拡大し、2011年に上海、2014年にバンコク、2018年にはインドグルガオン、2019年にはソウルに海外法人を設立した。
ブラウングループとしてそれぞれの地域に適したソリューションを提供し、更にその市場がもつユニークな素材を世界に提供する活動を推進している。
事業所
- 東京本社:東京都中央区銀座8-13-1 銀座三井ビルディング 2F
- 大阪支店:大阪府大阪市北区大深町3-1 グランフロント大阪 タワーB 16F
- 名古屋支店:愛知県名古屋市中区栄2-3-6 NBF名古屋広小路ビル4F
- 科学技術研究所:東京都大田区南六郷一丁目8番2号
- ^ “エア・ブラウン株式会社”. AHK Japan. 2022年9月13日閲覧。
- 1 エア・ブラウンとは
- 2 エア・ブラウンの概要
- 3 関連会社
- 4 外部リンク
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