「儒官」を解説文に含む見出し語の検索結果(1~10/364件中)

読み方:なば ろどう江戸後期の儒者。姫路生。通称主膳、名は師曾、字は孝卿、鉄硯道人と号する。岡白駒に従学し、阿波侯の儒官となる。寛政元年(1789)歿。
読み方:なば ろどう江戸後期の儒者。姫路生。通称主膳、名は師曾、字は孝卿、鉄硯道人と号する。岡白駒に従学し、阿波侯の儒官となる。寛政元年(1789)歿。
読み方:こが さけい幕末・明治の儒官・漢学者・洋学者。江戸生。古賀精里の孫。洞庵の子。本姓は劉、名は増、字は加川、通称は謹一郎(鉄一郎)、別号謹堂・沙虫等。父から儒学を学び、小姓組等を経て儒官となる。
読み方:こが さけい幕末・明治の儒官・漢学者・洋学者。江戸生。古賀精里の孫。洞庵の子。本姓は劉、名は増、字は加川、通称は謹一郎(鉄一郎)、別号謹堂・沙虫等。父から儒学を学び、小姓組等を経て儒官となる。
読み方:ますだ かねゆき儒者。通称平内、字益夫、号立軒。河波の人。京都に出で中村〓斎の塾で儒を学び、師の歿後その跡を襲う。帰郷後は藩の儒官となり学名世に鳴る。寛保3年(1743)歿、80才。
読み方:ますだ かねゆき儒者。通称平内、字益夫、号立軒。河波の人。京都に出で中村〓斎の塾で儒を学び、師の歿後その跡を襲う。帰郷後は藩の儒官となり学名世に鳴る。寛保3年(1743)歿、80才。
読み方:はやし しゅんさい江戸前期の幕府の儒官。羅山の三子。名は恕、字は子林、別号は鵞峰・向陽軒・葵軒等。法印に叙せられ、弘文院学士と称した。『寛永系図』『本朝通鑑』を編纂した。延宝8年(1680)歿...
読み方:はやし しゅんさい江戸前期の幕府の儒官。羅山の三子。名は恕、字は子林、別号は鵞峰・向陽軒・葵軒等。法印に叙せられ、弘文院学士と称した。『寛永系図』『本朝通鑑』を編纂した。延宝8年(1680)歿...
読み方:はやし ていう江戸後期の儒者。幕府の儒官。述斎の三子。名は皝、字は用韜、培斎と号する。佐藤一斎等に学び、のち大学頭と称し待講に進んだ。弘化3年(1846)歿、54才。
読み方:はやし ていう江戸後期の儒者。幕府の儒官。述斎の三子。名は皝、字は用韜、培斎と号する。佐藤一斎等に学び、のち大学頭と称し待講に進んだ。弘化3年(1846)歿、54才。
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