ramonesとは? わかりやすく解説

ラモーンズ

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/20 11:58 UTC 版)

ラモーンズ
USA.ニューヨーク公演 (1976年9月)
基本情報
原語名 Ramones
出身地 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
ジャンル パンク・ロック[1][2][3]
活動期間 1974年 - 1996年
レーベル
公式サイト ワーナーミュージック・ジャパン - ラモーンズ
旧メンバー
ロゴ

ラモーンズ英語: Ramones)は、アメリカ合衆国出身のパンク・ロック・バンドである。ニューヨーク州ニューヨーク市1974年に結成された。ニューヨーク・パンク・シーンの重要バンドの一つで、後のパンク・ムーブメントに大きな影響を及ぼした。

2002年ロックの殿堂』入り[4]ローリング・ストーン誌が選ぶ「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」第26位[5]

概要

ノルウェー・オスロ公演 (1980年8月)

1976年以降のロンドン・パンク・ムーブメントに大きな影響を与え、アメリカ合衆国よりイギリスで評価が高いバンドである[要出典] 。南米でも人気があり、アメリカでは主にライヴハウスばかりだが、アルゼンチンでは6万人弱を収容するエル・モヌメンタルで演奏した。また、今まで誰も公演を行ったことの無かった地域にも積極的に出向き、以降そこにバンドが生まれるということもあったという[6]

デビュー作から3作目までのアルバムは、ロック史上に残る重要なアルバムと評価されている。1979年に発表した5作目のスタジオ・アルバム『エンド・オブ・ザ・センチュリー』(フィル・スペクターがプロデュースを担当した)はバンド史上最大のヒットアルバムとなり、2012年に至っても大リーグの試合でこのアルバムの曲が演奏されるなど、アメリカ人に深く浸透している。

メンバー全員ラモーン (Ramone) の姓を名乗っているが、メンバー間に血縁関係はない。これは、ポール・マッカートニービートルズの前身シルヴァー・ビートルズ時代に使っていた芸名「Paul Ramon」にちなみ、ディー・ディー・ラモーンが名付けた[7]

デビューから解散まで基本的なスタイルは変わらず、ビートルズビーチ・ボーイズの影響を強く受けた音楽性、単純明快でストレート、キャッチーなメロディで、歌詞の内容も挑発的内容からラブソングまでバラエティに富み、コードは3〜4つのみ、ダウンストローク一辺倒のハードなディストーションを利かせたギター、リズムは8ビートが中心、スピーディーな2分前後の曲がほとんどだが、4作目以降のアルバムになると、リード・ギター・パートの導入、電子オルガンやシンセサイザーなどのキーボードや、アコースティック・ギター、クリーントーンのギター・サウンドを活用してみたり、コーラスワークを多用する等、サウンドにバリエーションが加わり、曲の長さも3分や4分を超える楽曲が出てくるようになった。ビジュアル的にはライダースジャケットと破けたジーンズ、ジョニーの愛用ギターのモズライト、ディー・ディーとC・Jが使用したフェンダー・プレシジョン・ベースというトレードマークも最後まで変わらなかった。

影響

2001年のMTVミュージック・アウォーズの壇上で、U2ボノはマーキー・ラモーンに「もしラモーンズが存在しなかったら、U2も存在しなかっただろう」と発言して敬意を表した。その後ボノとマーキーは何度もステージで共演している。マーキー・ラモーンはほかにエルヴィス・プレスリーの娘リサ・マリー・プレスリーとも親しい。ラモーンズのリスペクトパーティにはショーン・レノンも出席した。

歴代メンバー

来歴

ディスコグラフィー

アルバム

スタジオ・アルバム

ベスト・アルバム

  • 1988年 - ラモーンズ・マニア
  • 2001年 - ラモーンズ・アンソロジー
  • 2002年 - ラウド&ファスト:ザ・ベスト・オブ・ラモーンズ
  • 2006年 - グレイテスト・ヒッツ

ライブ・アルバム

  • 1979年 - イッツ・アライヴ
  • 1991年 - ロコ・ライヴ
  • 1996年 - グレイテスト・ヒッツ・ライブ
  • 1997年 - ラスト・ショウ(ウィ・アー・アウタ・ヒア)
  • 2003年 - NYC 1978

サウンドトラック

  • 1979年 - Rock 'n' Roll Highschool

DVD

  • 2005年 - RAMONES : RAW /2004
  • 2005年 - WEIRD TALES OF THE RAMONES
  • 2007年 - イッツ・アライブ1974-1996

映画出演

来日

1980年

初来日。NHKホールおよび西武劇場(現在はPARCO劇場)、京都会館別館でライブを行い、NHKレッツゴーヤング』にも出演した。競演したシーナ&ザ・ロケッツは彼らのサウンドに惚れこみ、同じアンプを買い求めるほど影響を受ける。その後も鮎川誠の自宅にジョーイが招かれたり、シーナ&ザ・ロケッツとしてマーキーと共演したりするなど、親交を続けている。のちに芥川賞作家となるミュージシャンの町田康も、同じ年に共演している。

  • 6月27・28日(1日2回公演)・29日 東京 西部劇場
  • 7月1日 名古屋 雲竜会館
  • 7月2日 京都 京都会館別館ホール(1日2回公演)
  • 7月3日 大阪 スタジオあひる(1日2回公演)
  • 7月4日 福岡 大博多ホール
1988年
  • 10月24日 東京 中野サンプラザホール
  • 10月25日 東京 中野サンプラザホール
  • 10月26日 神戸 フィッシュダンス・ホール
  • 10月27日 大阪 御堂会館
  • 10月28日 東京 MZA有明
1990年
  • 9月3日 大阪 モーダ・ホール
  • 9月4日 名古屋 クラブ・クアトロ
  • 9月5日 川崎 クラブ・チッタ
  • 9月6日 川崎 クラブ・チッタ
  • 9月8日 名古屋 クラブ・クアトロ
  • 9月9日 名古屋 クラブ・クアトロ
  • 9月10日 大阪 モーダ・ホール
  • 9月11日 大阪 モーダ・ホール
  • 9月13日 川崎 クラブ・チッタ
  • 9月14日 川崎 クラブ・チッタ
  • 9月15日 川崎 クラブ・チッタ
  • 9月16日 川崎 クラブ・チッタ
1991年

川崎クラブチッタ(現在はCLUB CITTA')とMZA有明(現在はディファ有明)での公演であったがMZA有明が経営不振により閉店してしまったため「浅草常盤座(現在は浅草ROX)」で代替公演が行われた。

  • 2月5日 川崎 クラブ・チッタ
  • 2月6日 東京 浅草常盤座
  • 2月7日 東京 浅草常盤座
1993年
  • 1月9日 東京 中野サンプラザ・ホール
  • 1月10日 川崎 クラブ・チッタ
  • 1月11日 東京 メルパルク・ホール
  • 1月12日 東京 メルパルク・ホール
  • 1月14日 名古屋 ダイアモンド・ホール
  • 1月15日 名古屋 ダイアモンド・ホール
  • 1月17日 大阪 IMPホール
  • 1月18日 大阪 IMPホール
1994年
  • 2月2日 川崎 クラブ・チッタ
  • 2月3日 川崎 クラブ・チッタ
  • 2月5日 福岡 つくし会館
  • 2月6日 大阪 IMPホール
  • 2月7日 名古屋 ダイアモンド・ホール
  • 2月9日 川崎 クラブ・チッタ
  • 2月10日 川崎 クラブ・チッタ
  • 2月11日 川崎 クラブ・チッタ
1995年

ラストツアー。

  • 10月16日 東京 中野サンプラザ・ホール
  • 10月17日 東京 中野サンプラザ・ホール
  • 10月18日 川崎 クラブ・チッタ
  • 10月20日 福岡 クロッシング・ホール
  • 10月22日 松本 社会文化会館
  • 10月23日 川崎 クラブ・チッタ
  • 10月25日 札幌 ザナドゥ
  • 10月27日 名古屋 ダイアモンド・ホール
  • 10月28日 川崎 クラブ・チッタ
  • 10月29日 川崎 クラブ・チッタ
  • 11月1日 大阪 IMPホール
  • 11月2日 大阪 IMPホール

ドキュメンタリー映画

2003年に公開された映画『END OF THE CENTURY』はラモーンズの初めてのドキュメンタリー映画であり、バンドに関った多くの人々の証言をもとに、ラモーンズの光と陰を記録している[11]。ジョニー・ラモーンはこの映画について「ぼくたちの重くて暗い側面を表現している」と語った。

この映画は2003年のスラムダンス映画祭で約2,800作品の中からコンペ部門の28本に選出され、『ザ・デクライン』の監督ペネロープ・スフィーリスの紹介によって上映され、ベスト・ドキュメンタリー賞にノミネートされた。同年5月のロサンゼルス・プレミア上映では、レッド・ホット・チリ・ペッパーズグリーン・デイなどの有名アーティストが多数出演した。トロント国際映画祭、ベルリン国際映画祭の上映は、メディアで大絶賛された。日本では2004年11月、シネセゾン渋谷で夜間のみの上映を行ったが、昼間の上映も追加するヒットとなった。

DVD化されたパッケージでは、メンバーおよび、ロブ・ゾンビエディ・ヴェダーデボラ・ハリーメタリカ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ランシドのインタビューが収録されている。

脚注

  1. Erlewine, Stephen Thomas. “Ramones Biography”. AllMusic. Netaktion. 2020年12月8日閲覧.
  2. Kerwin, Bryan (23 September 2016). “The best punk bands of all time”. Time Out. Time Out Group Plc. 2024年5月31日閲覧.
  3. Patton, Alli (11 July 2023). “4 Live Moments in Memory of Tommy Ramone”. American Songwriter. Savage Ventures. 2024年5月31日閲覧. Trailbrazing punk rock outfit The Ramones were a fast and loud force in rock and roll...
  4. ラモーンズがロックの殿堂入り。ジョーイの親族は冷たい待遇受ける BARKS 2002.3.19
  5. 100 Greatest Artists”. Rolling Stone. 2019年4月6日閲覧。
  6. 映画『END OF THE CENTURY』より。
  7. Stay Tuned By Stan Cornyn: Punk's Papas - The Ramones”. Rhino Entertainment. 2017年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月25日閲覧。
  8. ラモーンズの初代ドラマー、トミー・ラモーンが死去 amass 2014年7月12日
  9. トミーはその後も裏方としてバンドに関わる。
  10. 来日中のCJラモーン ベースが盗難に
  11. 映画『END OF THE CENTURY』(2003) - allcinema . 2016年5月11日閲覧。

外部リンク


RAMONES

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あまとう! 七瀬甘るりに不合格祈願」の記事における「RAMONES」の解説

ロックバンド界ではかなりの影響力をもつバンドとして紹介されている。

※この「RAMONES」の解説は、「あまとう! 七瀬甘るりに不合格祈願」の解説の一部です。
「RAMONES」を含む「あまとう! 七瀬甘るりに不合格祈願」の記事については、「あまとう! 七瀬甘るりに不合格祈願」の概要を参照ください。

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