オーバル‐オフィス【Oval Office】
読み方:おーばるおふぃす
オーバル・オフィス
(oval office から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/23 12:06 UTC 版)
オーバル・オフィス(英語: Oval Office)は、ワシントンD.C.のホワイトハウスにある、アメリカ合衆国大統領の正式な執務室で、アメリカ大統領府の一部を構成するそれはウエストウイングの南東の隅に位置している。
ウエストウイングにはじめてオーバル・オフィスが建設されたのは、ウィリアム・タフト大統領時代の1909年の事で、ウエストウイングの南の側面の中心部に位置した。それは、ホワイトハウスの本館にあり、伝統的に大統領が来賓を迎える部屋だったイエロー・オーバル・ルームの形態を模した物だった。1929年、それは火災の損害を受けたが、修繕された。
現在のオーバル・オフィスは、フランクリン・ルーズベルト大統領の提案により、1933年から34年まで行われたウエストウイングの増築の一部として、建築家のエリック・ググラーによって設計された物である。車椅子を用いていたルーズベルトは、立ち入りが容易で、さらなるプライバシー、そしてさらなる太陽光を取り入れられる新たな執務室を求めた。タフト時代のオーバル・オフィスはググラーによる増築の際に撤去され、その跡地は職員の事務室として追加された。
オーバル・オフィスには南側の芝生に向き合う3つの巨大な窓があり、その前に大統領の執務机が配置されるのが伝統である。通常、部屋の最北端にある暖炉の前に、2つのアームチェアが配置されている。西側の壁には2つの作り付けの本棚が埋め込まれ、東側の壁にある2つの窓と均衡を保っている。部屋には4つの扉がある。東の扉はローズ・ガーデンに、西の扉はオーバル・オフィスの書斎、浴室、そしてダイニングルームに、北西の扉はウエストウイングの正面廊下に、北東の扉は大統領の秘書の部屋に通じている。
オーバル・オフィスは、ホワイトハウスの南正面にある複数の楕円形の部屋から影響を受けている。通例では、大統領らは、自らの私的な趣向により家具やドレープカーテンを選定し、楕円形のカーペットを特別注文して、執務室を装飾する。美術品はホワイトハウスの蒐集品から選定、もしくは、大統領の在任の間、美術館から借用される。
文化史
オーバル・オフィスは、子供のジョン・F・ケネディ・ジュニアが、父親のジョン・F・ケネディの机の前面のパネルからのぞき見する姿、リチャード・ニクソン大統領が、月面を歩行しているアポロ11号の宇宙飛行士たちと電話で会話する姿、そして、エイミー・カーターが、彼女の父親のジミー・カーター大統領を励まそうと、彼女が飼っていたシャム猫のミスティ・マラーキー・イン・ヤンを連れてくる姿などの記憶に残る映像を通じて、アメリカ人の心の中において、大統領の職位そのものとつながるようになった。複数の大統領が、オーバル・オフィスから国民に向けた演説を行った。例として、1962年のケネディによるキューバ危機の知らせを述べた演説、1968年のリンドン・ジョンソンによる、再選をめざすための運動の断念を表明した演説[1]、1974年のニクソンによる彼の辞任を表明した演説[2]、1986年のロナルド・レーガンによるチャレンジャー号爆発事故についての演説[3]、そして、2001年のジョージ・W・ブッシュによるアメリカ同時多発テロ事件を受けた演説が含まれている[4]。
1789年から1909年までの歴史
ワシントンの弓型張り出し窓
ホワイトハウスの居住が可能になる準備は、1800年に至るまで出来ていなかった。ジョージ・ワシントンがホワイトハウスに住む事はなかった。彼は大統領在任期間の大部分を、新都市であるワシントンD.C.が建設中だった1790年から1800年までの10年間、一時的な首都とされたフィラデルフィアで過ごした。
1790年、ワシントンは、フィラデルフィアの大統領官邸の裏側に、巨大な2階建ての円の半分の形をした部屋を増築し、一般の人々が大統領を見るための儀礼の空間を創造した[5]。毎週の火曜日の午後に、3つの窓があるこの弓型張り出し窓の前に立って、彼は賓客、議会の代表や外国からの高官と公的に接見し、そして、元日、独立記念日、そして彼の誕生日の際には官邸を開いて一般の市民を受け入れた。
1797年3月からフィラデルフィアの官邸に住み始めたジョン・アダムズ大統領も、彼の前任者と同様の形で弓型張り出し窓を用いた[7]。
2007年に大統領官邸の跡地で実施された考古学にもとづく発掘調査によって、ワシントンの弓型張り出し窓の土台部分が発見された[8]。現在、それらは自由の鐘センターの隣に位置する大統領官邸の記念館においてガラス越しの形で展示されている[9]。
ホワイトハウス
1792年6月、建築家のジェームズ・ホーバンは、フィラデルフィアのワシントン大統領を訪ね、おそらくは弓型の張り出し窓を目撃した[10]。その次の月にホーバンによる、ホワイトハウスの設計案が採用された。
ホワイトハウスの中央に楕円型の広間を設けるという案は、ホーバンの当初の計画におけるもっとも並外れた特徴となった。19世紀のはじめ、楕円型の部屋は新古典主義の建築において一般的だった。
1800年11月、ジョン・アダムズは、ホワイトハウスに居住するはじめての大統領となった。彼と彼の後任者となったトーマス・ジェファーソンは、ホーバンによる楕円型の部屋を用い、ワシントンが弓型の張り出し窓の応接間でしていたのと同じように、南側の3つの窓の前に立って来客を出迎えた[11]。
19世紀、何人かの大統領たちは、ホワイトハウスの2階のイエロー・オーバル・ルームを個人的な執務室や書斎として用いた。大統領と楕円型の部屋の間の文化的な関係は、1909年、タフトによって建設されたウエストウイングのオーバル・オフィスにおいて、より完全な形で具現化される事になる。
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ホワイトハウスの2階におけるイエロー・オーバル・ルームの位置。幾人かの大統領たちはここを彼らの個人的な執務室や図書室として用いた。
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アンドリュー・ジョンソンの個人的な執務室として用いられる1868年のイエロー・オーバル・ルーム。
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グロバー・クリーブランドの個人的な執務室として用いられる1886年のイエロー・オーバル・ルーム、窓の前にレゾリュート・デスクが置かれている。
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個人的な執務室だったイエロー・オーバル・ルームにおける1933年のフランクリン・ルーズベルト。
ウエストウイング
ウエストウイングの建設は、執務室と寝室とを分け合っていたホワイトハウスの2階を家族の空間にすべきという彼の妻の意見を受けた、セオドア・ルーズベルト大統領の意向を受けた物である。1902年に完成した平屋の執務棟は、そこかその他の場所に、永続的な建造物が建てられるまでの仮設の建造物として用いられる事が意図されていた[12]。ホワイトハウスの西側にこの建物を建設するため、南北戦争の前にジェームズ・ブキャナン大統領によって建設され、老朽化していた複数の広々とした温室が撤去された[13]。
1902年、ルーズベルトは、行政機関の庁舎を新たに建設された棟に移転した。彼の仕事場は、執務室と閣議室のふたつの部屋で構成されるスイートルーム形式で、棟の東側の3分の1を占有していた。大統領の執務机を含むそれの家具は、どちらもボストンに拠点を置いていた建築家のチャールズ・フォレン・マッキムによってデザインされ、そしてA・H・ダベンポート・アンド・カンパニーによって仕上げられた[14]:14:45。現在、大幅に改装された状態であるものの、1902年当時の大統領執務室は、ルーズベルト・ルームとして残されていて、オーバル・オフィスから斜め側に位置する窓のない会議室になっている。
1909年から1933年までのタフトのオーバル・オフィス
ウィリアム・タフト大統領は、ウエストウイングを永続的な建造物として作り変え、南側に拡張して2倍の面積にするとともに、はじめてのオーバル・オフィスを建設した[15]。ナタン・C・ワイスによってデザインされ、1909年に完成した執務室は、現在と同じように、建物の南側の中心の正面に配置されていた。タフトは大統領の職務における日々の執務により関与し、そして、執務室を彼の執務の拠点とする事を求めた。タフトのオーバル・オフィスは、3つの窓と天窓から、自然光がたっぷりともたらされた。それには白い大理石による暖炉、ジョージアン様式の木工品、そして2つのガラスドアの本棚といった家具があった。また、それは、歴史の上でもっとも色彩的な大統領執務室で、壁が鮮やかな海草調の緑色によって彩られた[16]。
ハーバート・フーヴァー大統領が就任してはじめての年の間である1929年12月24日に、ウエストウイングは、火災によって大きな損害を受けた。フーヴァーはこのきっかけを利用して、一部に地下室を掘る事でスタッフの事務室の拡充を図った。彼はオーバル・オフィスに改修を加え、内装も強化されてエアコンが設置された。また、彼は、20年の間、大きな変更が加えられていなかった家具を交換した。
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タフトによるオーバル・オフィスの曲線が見える1910年代頃のウエストウイング
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1930年1月15日、ウエストウイングの火災跡を視察するフーヴァー大統領
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ウエストウイングの増築、1934年
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2006年7月15日、南側の芝生から望むウエストウイングの外観
1934年から現在までのオーバル・オフィス
1933年、ウエストウイングの規模や間取りに満足していなかった、フランクリン・ルーズベルト大統領は、ニューヨークの建築家だったエリック・ググラーにそれの新たな設計に着手させた。ググラーは、建造物の見かけの大きさを増やさずに職員のための空間を維持する目的で、土台の全体を掘りかえした上で、隣の芝生の地下にまで事務室を広げた。そして、目立たないようにペントハウスが階上に建設された。現存する建造物からもっとも広大な事務の空間をひねり出すという路線が、狭小な廊下や狭い事務室をもたらす要因になった。ググラーによる増築でもっとも脚光を浴びたのは、新たな閣議室とオーバル・オフィスを建設するために建造物を東側に向けて広げた事だった[17]。
ウエストウイングの南東の隅に現在のオーバル・オフィスが建設された事で、身体の不自由により車椅子を用いていたルーズベルトに、より高い秘密性と住居との簡便な往来をもたらした。彼とググラーは、頂点に重厚なペディメントがある扉、壁龕に埋め込まれた本棚、深いブラケットがともなうコーニス、そして天井の大統領の紋章が象られたメダリオンなどが特徴の、以前の2つの執務室より壮麗かつ、より安定感を兼ね備えたジョージアン調建築の要素が多く採用された。部屋の照明は、天井からの照明やシャンデリアではなく、コーニスの内側に配置された電球が天井を照らす事を通じた間接照明による物だった[18]。窓の両脇に配置された壁の突き出し燭台や天井のメダリオンの鷲など細かい所でストリームライン・モダンからの影響が感じられる。ルーズベルトとググラーはしばしば共に朝食をとりながら、ググラーが大統領の着想を書き留めて、緊密に協力した。このような書き留めによる結果のひとつで、部屋の家具の配置として習慣化したのが、暖炉の前に背面の高い2つの椅子を置く事だった。これを公的な形でもっとも目にするのは、大統領が左側、来賓が右側に座る形である。これによりルーズベルトは、彼の来賓と同じ目線の高さに座れるようになり、介助がなければ立てないという彼の身体的な無力を陰にかくす事が容易になった。現在のオーバル・オフィスの建設工事は1934年に完了した。
装飾
オーバル・オフィスの調度品の基礎は、南側の3つの窓の前にある机、北側の暖炉の前にある1組の椅子、1組のソファ、そして、さまざまなテーブルや椅子によって成立してきた。新古典主義によるマントルピースは、1909年、タフトのオーバル・オフィスのために作られた物で、1929年のウエストウイングの火災の際にも難を逃れた[14]:00:45。マントルピースの上にスウェーデンアイビー(オーバル・オフィスのスウェーデンアイビー)を飾る伝統は20世紀半ばにはじまったもので、初代の株から挿し木によって、株分けされ続けてきた。2025年に第2次トランプ政権が発足した後、植物は撤去されて、金色の置物のコレクションに替えられた。
オーバル・オフィスの振り子時計として知られるフェデラル様式の外見の柱時計は、1795年から1805年ごろにボストンのジョンとトーマス・シーモアによって作られたもので、1972年にホワイトハウス歴史協会によって購入された後の、1975年からオーバル・オフィスの北東側の扉の横に立てられている[19]。
1947年、ハリー・S・トルーマン大統領は、23年の間にわたってオーバル・オフィスに敷かれていた深緑色の絨毯を交換した。新たな青灰色の絨毯には、第二次世界大戦が終結した後の、1945年に彼によって変更された大統領の紋章が、パイル織物の深浅のみによって象られていた。その後も、トルーマンの絨毯は、ドワイト・D・アイゼンハワーとジョン・F・ケネディの政権の間を通じて執務室に残された。ジャクリーン・ケネディによるオーバル・オフィスの改修は彼女とケネディ大統領が、遊説のためテキサスに向かった、1963年11月21日にはじまった。翌日の11月22日、ケネディ夫妻のダラスにおける道中で、大統領が暗殺された時、赤の絨毯が敷かれた[20]。リンドン・ジョンソンは、赤の絨毯を撤去させて、改めてトルーマンの絨毯を戻した上で自らの政権の間、後の方を用いた。ジョンソン以来の多くの政権は、インテリアデザイナーやホワイトハウスのキュレーターの助言を受けながら、独自のデザインによる楕円型の絨毯を制作している。
執務机
それが建設された1909年以降、大統領たちによって6台の執務机が用いられた[21]。通常の場合、執務机はオーバル・オフィスの3つの巨大な窓がある南側の壁の前に位置している[22] 。大統領たちの中には写真の撮影や記者会見のような形式的な目的でこの部屋の執務机を用いる者がいる一方で、他の者の中には彼らの主な仕事場として用いる者もいる[23]。
オーバル・オフィスにおいてはじめて用いられた執務机は、セオドア・ルーズベルト・デスクで、そして、現在、ドナルド・トランプはレゾリュート・デスクを用いている。オーバル・オフィスに置かれた6台の執務机のうち、レゾリュート・デスクはもっとも長くそこに置かれ、8人の大統領たちによって用いられた。1977年以降、レゾリュート・デスクは、1期の政権の間、現段階では最短利用期間の執務机となっているC&O デスクを用いたジョージ・H・W・ブッシュを除くすべての大統領らに用いられた。それ以外の過去の大統領らは、フーヴァー・デスク、ジョンソン・デスク、そしてウィルソン・デスクを用いた[21]。
現在、用いられている執務机であるレゾリュート・デスクは、イギリス海軍の艦船だったレゾリュート号の一部だったオーク材によって作られている[24]。1854年、イギリス海軍のレゾリュート号は、北極の氷の中から出られなくなった結果、放棄された[25]。1855年、その船はアメリカの捕鯨船に発見され、その後、アメリカ政府による資金負担で、完全な修復や塗装、補給が行われた。1856年に帰国したレゾリュート号は1879年に退役した[25]。その年、イギリスの海軍本部は、ヴィクトリア女王がアメリカ大統領に進呈するための、レゾリュート号の部材を用いた家具のデザインのコンペを行った[26][27]。デザインのコンペの後、ヴィクトリア女王は、レゾリュート号の部材を用いて、3台の机を作るよう命じた。そのうちの1台で、現在レゾリュート・デスクとして知られる机は、モラント、ボイド、&ブランフォードによってデザインされ、チャタム工廠のウィリアム・エベンデンによって制作され、1880年11月18日に「つい最近制作された」事が報じられた[25][28][29]。机は1880年にラザフォード・ヘイズ大統領への贈呈品として届けられた[30]。フランクリン・ルーズベルト大統領は、彼の在任中、膝を入れる部分にパネルを追加する事を求めた[24]。机は1961年に、ジャクリーン・ケネディがオーバル・オフィスに移すまでホワイトハウスのさまざまな場所で用いられた[24][31]。1963年のケネディ大統領暗殺事件の後、レゾリュート・デスクは、スミソニアン協会に貸し出され、ジョン・F・ケネディ大統領図書館・博物館を立ち上げる資金を集めるため国中を巡回した[24][32] 。巡回の後、机は1966年からスミソニアン博物館で展示されるようになった[24][32]。1977年、ジミー・カーターは、レゾリュート・デスクをオーバル・オフィスに戻した[24]。
脚注
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- ^ “Address to the Nation on the Explosion of the Space Shuttle Challenger”. reaganlibrary.gov. 2020年10月11日閲覧。
- ^ “Address to Nation on Terrorist Attacks, 9/11/2001”. YouTube. US National Archives. 2025年9月11日閲覧。
- ^ “Why is the Oval Office oval?”. WhiteHouseHistory.org. White House Historical Association. 2026年3月10日閲覧。
- ^ "Recollections of Judge John B. Wallace," Pennsylvania Magazine of History and Biography, vol. 2 (1878), p. 175.
- ^ David McCullough, John Adams (New York: Simon & Schuster, 2001), p. 490.
- ^ A Window with Its Place in History. Philadelphia Inquirer, May 9, 2007.[リンク切れ]
- ^ “Photos of the Archaeology”. 2026年3月11日閲覧。[リンク切れ]
- ^ "ワシントンの弓型の張り出し窓に、後にブルー・ルームの楕円形の形状に発展する萌芽が、疑いようがない形で存在した。" William Seale, The President's House, A History (Washington, D. C., 1986), 8.
- ^ William Seale, "James Hoban: Builder of the White House," in White House History no. 22 (Spring 2008), pp. 8–12.
- ^ 建築家であるダニエル・バーナムは、この建物を臨時の物とし、ペンシルベニア大通りの反対側のラファイエット広場に新たに建設する事を提言した。 The President's House, p. 664.
- ^ 温室は解体された上で移築された。
- ^ a b Allman, William (December 1, 2008). Oval Office Tour (documentary). C-SPAN.
- ^ Seale, The President's House, p. 895.
- ^ "The White House: Inside America's Most Famous Home" – CSPAN Documentary
- ^ Seale, The President's House, pp. 946–49.
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関連文献
- Portions of this article are based on public domain text from the White House.
- The White House: An Historic Guide. White House Historical Association and the National Geographic Society: 2001. ISBN 0-912308-79-6.
- Abbott James A., and Elaine M. Rice. Designing Camelot: The Kennedy White House Restoration. Van Nostrand Reinhold: 1998. ISBN 0-442-02532-7.
- Clinton, Hillary Rodham. An Invitation to the White House: At Home with History. Simon & Schuster: 2000. ISBN 0-684-85799-5.
- Monkman, Betty C. The White House: The Historic Furnishing & First Families. Abbeville Press: 2000. ISBN 0-7892-0624-2.
- Ryan, William and Desmond Guinness. The White House: An Architectural History. McGraw Hill Book Company: 1980. ISBN 0-07-054352-6.
- Seale, William. The President's House. White House Historical Association and the National Geographic Society: 1986. ISBN 0-912308-28-1.
- Seale, William, The White House: The History of an American Idea. White House Historical Association: 1992, 2001. ISBN 0-912308-85-0.
- West, J.B. with Mary Lynn Kotz. Upstairs at the White House: My Life with the First Ladies. Coward, McCann & Geoghegan: 1973. ISBN 0-698-10546-X.
外部リンク
「oval office」の例文・使い方・用例・文例
- 篏入的 r 音 《英音の India office /ndiərfɪs/の /r/の音》.
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