エア・ジンバブエ
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/03 04:11 UTC 版)
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| 設立 | 1967年 | |||
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| ハブ空港 | |
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| マイレージサービス | The Rainbow Club | |||
| 親会社 | Air Zimbabwe Holdings Private Limited | |||
| 保有機材数 | 9機 | |||
| 就航地 | 17都市 | |||
| 本拠地 | |
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| 代表者 | Dr Peter Chikumba (CEO) | |||
| 外部リンク | http://www.airzimbabwe.com/ | |||
エア・ジンバブエ(英語:Air Zimbabwe)は、ジンバブエのハラレにある国営航空会社で、同国のフラッグ・キャリア。
概要
ハラレ国際空港をハブ空港とし、タンザニアと南アフリカ共和国への国際線と、国内2都市への国内線を運航している。
2025年12月現在、EU域内乗り入れ禁止措置がとられている[1]。
歴史
エア・ジンバブエは、ローデシア共和国時代の1967年9月1日に中央アフリカ航空が解散したのに伴いエア・ローデシアとして設立された。
1979年6月にエア・ジンバブエ・ローデシアと改称されたが翌1980年にジンバブエ共和国の建国に伴い4月1日にふたたびエア・ジンバブエに改称し、4月2日からはエア・ジンバブエとして初の路線をロンドンのガトウィック空港に就航させた。
1983年には貨物航空会社のアフレットエアを買収している。
当初はボーイング707やボーイング720を使用していたが1980年代からは近距離線を中心にボーイング737が導入されはじめ、707で運航されていた長距離線も1990年代前半からは707からボーイング767へ徐々に置き換えられていった。また1980年代に空軍からBAe146が提供されているが現在はほとんど使用されておらず、1995年にリースしたフォッカー50もジンバブエの気候に合わずに返却されている。現在は中国・西安飛機工業公司製のMA60を近距離線に導入したりロシアのIl-96を注文したりと新しい機材の導入を行っている。(Il-96はキャンセル)。
2003年には財政難に陥ったとも伝えられたが、2004年11月にシンガポール経由で週2便の北京線を開設した。しかし2005年度の旅客数が1999年度の100万人から23万人に激減しており、最高責任者のOscar Madombweはこれをジンバブエの政情不安や治安問題、燃料や新しい機材の不足、インフレーションなどが原因と考えられるとしている。
またブリティッシュ・エアウェイズがハラレ国際空港での燃料の供給状態が不安定なことからハラレ直行便を休止することを受けて2007年10月よりガトウィック直行便を増便した。しかしながら2012年2月24日に財政難を理由に運休した。
就航都市
FlyTeamによると、エア・ジンバブエが就航する都市は以下の通り[2]。
なお、一時期はチャーター便などで、日本の東京国際空港や仙台空港、中部国際空港などにも飛来した[3]。その際の機種は、ボーイング767が中心であった[3]。
保有機材
ボーイング737-200ADV 3機(105席/国内線・近距離線用)
ボーイング767-200ER 2機(203席/国際線用)
西安MA60 3機(60席/国内線用)
BAe146-100 1機(VIP仕様)- ボンバルディアERJ-145
2008年12月時点での機体の平均年齢は20年6ヶ月である。
脚注
- ↑ “The EU Air Safety List - European Commission” (英語). transport.ec.europa.eu. 2026年3月27日閲覧。
- ↑ “エア・ジンバブエ 就航都市・路線一覧”. FlyTeam. 2026年3月27日閲覧。
- 1 2 月刊エアライン6. イカロス出版. (2015年). p. 85
関連項目
外部リンク
- Air Zimbabwe
- Air Zimbabwe (@airzimbabwe) - Instagram
脚注
固有名詞の分類
- エア・ジンバブエのページへのリンク