欧州共通の家構想
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欧州共通の家構想(Common European Home、おうしゅうきょうつうのいえこうそう)は、ソビエト連邦のミハイル・ゴルバチョフ書記長が提唱した構想。冷戦末期に西ヨーロッパとの和解を意図した新思考外交の一つであり、ウラル山脈から大西洋沿岸までのヨーロッパでの安全保障の枠組みを創設することを主張するものだった。
ゴルバチョフがソビエト連邦共産党書記長に就任する前の1984年12月のイギリス訪問時の演説で比喩的に「欧州共通の家」と発言したのが始まりであり、書記長就任後はゴルバチョフ体制下の新思考外交を象徴するものとして扱われるようになる[1]。ウラル山脈から大西洋沿岸をヨーロッパと捉えた上で、ヨーロッパ全体の安全保障の枠組みを新たに創設していくことを主張するものだった[1][2]。ソビエト連邦の影響下にあった東ヨーロッパ諸国ではブレジネフ・ドクトリンの放棄とのメッセージと受け止められ、1989年の東欧革命、1990年のドイツ再統一にもつながっていく[3][4]。
出典
- ^ a b 小泉直美 (1990). “ゴルバチョフの「欧州共通の家」構想”. 外交時報 (外交時報社) 1267: 17-31. doi:10.11501/1410760.
- ^ 加藤雅彦『中欧の復活 「ベルリンの壁」のあとに』日本放送出版協会、1991年、202-205頁。doi:10.11501/13271277。
- ^ 小泉直美 (1991). “湾岸危機とソ連の対欧州安全保障政策”. 外交時報 (外交時報社) 1282: 51-65. doi:10.11501/1410775.
- ^ 川田侃、大畠英樹 編『国際政治経済辞典』東京書籍、1993年、57頁。doi:10.11501/12874274。
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