キャンパーダウン・プログラム
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キャンパーダウン・プログラム(英: Camperdown Program)は、オーストラリアで開発された、主に青年期から成人期(おおむね12歳以上)を対象とする吃音介入プログラムである[1]。本プログラムは、音声模倣を通してゆっくりと誇張された話し方を学び、それを徐々に自然な話し方に近づけながら、日常生活での吃音を自分でコントロールする技能の習得を目指す。従来の介入法と比較して必要な臨床時間が比較的短い(約20時間)ことを特徴とする[2][3][4]。
概要
キャンパーダウン・プログラムの主な目標は、吃音の消失ではなく、吃音を自分の望むレベルでコントロールできる技能を身につけることにある。そのため、従来の治療法で使われていた抽象的な専門用語は使われず、ビデオモデルをそのまま模倣することで技術を習得する手法が用いられている。決められたステップを機械的に進めるのではなく、クライアントが自分自身の話し方を評価し、自分に合ったスタイルを構築するプロセスを重視している[5]。
本プログラムは、12歳未満の小児を対象とした有効性を示す十分なエビデンスが存在しないため、当該年齢層には推奨されていない。12歳未満の小児に対しては、リッカムプログラムなど、発達段階に即した介入法が適切であるとされている[6]。
アセスメント
アセスメントでは、吃音の状態、吃音に関連する心理的・社会的困難について評価が行われる。あわせて、介入プログラムの内容、実施に必要な時間、ならびに練習の重要性について説明がなされ、参加に対する同意が確認される。また、個々の目標設定と吃音軽減に対する期待についてセラピストとの話し合いが行われ、治療計画に反映される。必要に応じて、吃音に併存する社会不安への対応として、iGlebeなどのオンラインプログラムや認知行動療法の併用が検討される[7]。
アセスメントは、専門的な訓練を受けた資格を有する言語聴覚士などが行い、指導・監督する必要がある[1]。
他の吃音介入プログラムで使用されることの多い「吃音重症度尺度(SSR:Stuttering Severity Scale)」の代わりに、クライアント自身が「どの程度吃音をコントロールできているか」「その状態に満足しているか」という自己報告を重視する。例えば「友達との飲み会なら、多少どもっても楽しく話せれば満足」、「会議なら、ゆっくりでもどもらず話したい」といった、状況に応じた目標設定がされる[1]。
特徴
流暢性技法
流暢性技法(Fluency Technique)は、吃音をコントロールするために用いられる具体的な発話手法を指す。伝統的な発話再構築法(Speech Restructuring)を基盤としており、ゆっくりと誇張された話し方(引き伸ばし発話)から開始し、段階的に通常の話し方へ移行する[8]。
技法の習得は、模倣を中心に行われる。クライアントは、ゆっくりと誇張された話し方を示す音声モデルを聞き、それを可能な限り正確に再現することにより技法を学習する[1]。
習得した技法の程度を把握するために、流暢性技法尺度(Fluency Technique Scale)が用いられる。2024年の改訂では、従来の数値表記が廃止され、「なし(None)」「最小限(Minimal)」「4分の1(Quarter)」「半分(Half)」「4分の3(Three-quarter)」「フル(Full)」という記述的な表現に変更された[1]。
発話時の技法使用レベルは、以下の区分で示される[9]。
| 使用レベル | 英語表記 | 説明 |
|---|---|---|
| なし | None | 技法を全く使わない、自然な発話。 |
| 最小限 | Minimal | 非常に少ない技法使用。本人にはコントロール感があるが、聞き手にはほぼ通常の話し方と同じに聞こえる。 |
| 4分の1 | Quarter | 多くの人にとって合理的に自然に聞こえるレベル。 |
| 半分 | Half | 訓練モデルの特徴を多く含み、少し不自然に聞こえる状態。 |
| 4分の3 | Three-quarter | 主に練習用として用いられるレベル。 |
| フル・完全使用 | Full | 訓練モデルそのもののような、非常にゆっくりとした誇張された話し方。吃音を完全に抑制するために使用される。 |
この尺度は、流暢性技法の使用度をクライアント自身が評価するためのものであり、発話速度を、技法を使用しない通常の話し方から、非常にゆっくりとした誇張された話し方までの段階として整理している。これらを段階的に習得していくことで、友人とリラックスして話す時は「最小限(Minimal)」、重要な面接では「4分の1(Quarter)」や「半分(Half)」など、状況に応じた使い分けができるスキルを身につける[6]。
最初は非常にゆっくりとした話し方(フル・完全使用)を学び、確実に吃音が出ない状態を確立する。その後、段階的に技法の量を調整して、より自然に聞こえる話し方へと移行させていく[10]。
発話課題
本介入では、発話課題を簡単なものから段階的に難易度を上げて実施する。課題の順序は、音読、写真の描写(写真や図を見てその内容を説明する)、独話(シンプルなトピックについて一人で話す)、臨床家との短い質疑応答、臨床家との自由会話である[11]。
臨床場面において、臨床家または練習パートナーとの会話で技法が安定した後、練習は現実社会の場面へと移行する。対象となる場面には、電話、買い物、仕事上の会議などが含まれる[11]。
練習パートナーは、クライエントにとって信頼できる相手が選定される[1]。
スピーキング・サイクル
治療の中盤以降、自己評価能力と問題解決スキルを高めるためにPlan-Do-Reflect(計画・実行・振り返り)というサイクルを繰り返す[12]。
- 計画(Plan):どの程度の技法を使うか、どの発話課題(読書、描写、会話など)を行うか、何分間話すかを自分で決定する。流暢性技法の量については、フル、半分、4分の1、または最小限といった強度の中から選択される。併せて、選択理由の言語化が行われる。時間については、発話を継続する分数を設定する。開始時は1〜2分とし、その後、徐々に時間を延ばして技術の安定性を向上させる。
- 実行(Do):計画した発話課題を実行し、その音声を録音する。1〜2分程度の短いスピーチから開始し、段階的に発話時間を延ばしていく。
- 振り返り(Reflect):録音を聞き、「計画通りに技法を使えたか」「吃音をコントロールできていたか」「社会的に自然に聞こえるか」「現実社会でこのような話し方をすることに抵抗はないか」などを評価し、次のサイクルの計画に活かす[13]。
治療の段階
従来は4段階構成であったが、自己管理能力を育てるために、現在は以下の7ステージへと細分化された[6]。
- ステージ1:概要理解 - ステージ1では、本プログラムが吃音の治癒を目的とするものではなく、吃音を管理・コントロールするための手段であることが説明される。この段階では、プログラム全体の構成と目的を把握し、現実的な目標設定が行われる。あわせて、臨床家とクライアントの間で、プログラムの要件、期待される成果、想定される時間的・実践的負担について話し合いが行われる。さらに、練習パートナーの選定も行われる。技法の習得には約20時間の臨床時間を含む集中的な練習が必要であること、ならびに日常生活における継続的な自己管理(セルフマネジメント)が不可欠であることを理解し、プログラムへの参加に同意することが求められる[1]。
- ステージ2:流暢性技法の学習 - ビデオや音声を模倣し、非常にゆっくりとした話し方(吃音を完全にコントロールできていると感じる状態)を習得する。そのため、クライアントは訓練モデルを毎日聴き、それに合わせて音読したり、正確に模倣したりする練習を少なくとも1日5〜10分は行う。この段階では、「聞く・話す・録音する・振り返る」というプロセスを繰り返し、「モデルに似ているか」「技法を一貫して使えているか」「吃音を完全にコントロールできていると感じるか」を自己評価する。臨床家との会話で15〜20分間、流暢性を維持できることが次のステージへの条件となる[1]。
- ステージ3:流暢性技法の洗練 - 誇張された話し方を徐々に自然な響きへと調整する。ここで「フル、半分、4分の1」といった記述的な尺度(Fluency Technique Scale)が導入される[1]。
- ステージ4:自然な響きの発話 - 最小限のテクニックで、自分が決めた流暢性のレベルを長く維持することを目指す。自分自身で発話を管理するために「スピーキング・サイクル(計画・実行・振り返り)」が導入され、吃音のコントロールと自然さのバランスを自分で調整し、目標とする話し方を確立する。ステージ4(自然な響きの発話)からステージ5(実社会での発話準備)へ移行するために必要なスピーチ時間の基準は、5分間以上とされている[1]。
- ステージ5:実社会での発話に向けた準備 - 実社会での会話に備え、電話や雑音がある中での会話など、より複雑な会話課題に、練習パートナーと共に取り組む。ここでは主に「最小限(Minimal)」または「4分の1(Quarter)」の強度の技法を使用する[1]。
- ステージ6:実社会での発話 - 獲得した技法を日常生活の多様な場面へ般化させる。難易度の基準は大多数の人にとっての難易度ではなく、各クライアントごとに決定される。状況を難易度別に以下の3層に分け、段階的に適用していく。
- 単純な状況:家族や親しい友人との会話、買い物など。
- やや難しい状況:仕事の会議、複雑な電話、グループでの夕食など。
- 挑戦的な状況:ジョークを言う、採用面接、プレゼンテーション、見知らぬ人への対応など。
- フル(full)・半分(half)・4分の1(quarter)・最小限(minimal)の各レベルを練習する基礎スキル練習と、決められた実際の会話で技法を使用する実生活練習が実施される[1]。
- ステージ7:長期的な吃音管理 - 通院間隔を徐々に延ばし、吃音の変動や再発の兆候に自ら気づき対処できるセルフマネジメントスキルを確立する[10]。
外部リンク
関連項目
- 要求能力モデル(DCM)
- ウェストミード・プログラム (Westmead Program)
- リッカムプログラム
- オークビル・プログラム(Oakville Program)
- 流暢性形成法
脚注
- ^ a b c d e f g h i j k l “THE CAMPERDOWN PROGRAM TREATMENT GUIDE May 2024 Version 4.0”. 2026年1月9日閲覧。
- ^ “Camperdown Program Presented by Josie Kilde and Candace Mariucci”. 2026年1月10日閲覧。
- ^ “The Camperdown Program American Speech-Language-Hearing Association Journal of Speech, Language, and Hearing Research August 200346(4):933-946”. 2026年1月10日閲覧。
- ^ Themes, U. F. O. (2017年3月21日). “The Camperdown Program” (英語). Neupsy Key. 2026年1月10日閲覧。
- ^ O'Brian, Sue; Onslow, Mark; Cream, Angela; Packman, Ann (2003-08). “The Camperdown Program”. Journal of Speech, Language, and Hearing Research 46 (4): 933–946. doi:10.1044/1092-4388(2003/073).
- ^ a b c “THE CAMPERDOWN PROGRAM STUTTERING TREATMENT GUIDE MAY, 2018”. 2026年1月9日閲覧。
- ^ “About iGlebe”. 2026年1月10日閲覧。
- ^ “Camperdown Program Presented by Josie Kilde and Candace Mariucci”. 2026年1月10日閲覧。
- ^ “The Fluency Technique Scale”. 2026年1月10日閲覧。
- ^ a b “CAMPERDOWN PROGRAMME TREATMENT MANUAL 2002”. 2026年1月10日閲覧。
- ^ a b “Camperdown Program Speech Practice Plan”. 2026年1月10日閲覧。
- ^ “Camperdown Program Speaking Cycles Form”. 2026年1月10日閲覧。
- ^ “A Speaking Cycle”. 2026年1月10日閲覧。
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