李桐客
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/17 09:36 UTC 版)
李 桐客(り とうかく、生没年不詳)は、隋末唐初の官僚。本貫は冀州衡水県[1][2]。
経歴
隋に仕えて門下録事となった。大業末年、煬帝が江都に逃避し、各地で反乱が起こると、延陵に遷都しようと図って、百官を集めて会議した。公卿たちは煬帝の意におもねって賛成の意見を述べたが、桐客はひとり反対した。朝政を誹謗したと御史に弾劾されたが、免罪された。のちに隋が滅亡すると、桐客は宇文化及に従って黎陽にいたり、竇建徳に捕らえられた[1][3]。
唐が竇建徳を滅ぼすと、桐客は秦王李世民に召し出されて秦王府法曹参軍に任じられた。貞観初年、通州刺史と巴州刺史を歴任した。任地では清廉公平の声誉があり、民衆に慈父と呼ばれた。のちに家で死去した[1][2]。
脚注
伝記資料
参考文献
- 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。
- 『新唐書』中華書局、1975年。 ISBN 7-101-00320-6。
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