塩田正洪とは? わかりやすく解説

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塩田正洪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/17 20:48 UTC 版)

塩田 正洪(鹽田 正洪、しおた せいこう[1]あるいはまさひろ[2]1899年明治32年〉8月23日[3] - 1972年昭和47年〉8月[2])は、朝鮮総督府官僚

経歴

1899年8月23日、東京府で楠眞道の四男として生まれ、塩田武夫の養子となる[3]。1924年、東京帝国大学法学部を卒業[3]

朝鮮総督府農務課長務官、林政課長総督官房秘書官兼文書課事、農林局農務課長、江原道内務部長、殖産局鉱産課長、企画部長を経て、1942年10月23日農林局長に就任[3]。1943年12月1日、農商局長。1944年8月17日、鉱工局長に就任し、終戦まで務めた。

その他

趣味は音楽、運動[4]

親族

出典:[4]

  • 妻:綾子:有田恕の次女(1906年8月生)
  • 嗣子:政臣:京城公立中学校卒業[3](1925年2月生)
  • 長女:陽子:京城第一公立高等女学校卒業[3](1927年6月生)
  • 次女:玲子(1934年6月生)
  • 三男:正庸(1937年3月生)

論文

  • 『朝鮮農地令とその制定に至る諸問題』[1]

脚注

  1. ^ a b https://ci.nii.ac.jp/ncid/BN08781309#ref
  2. ^ a b 植民地官僚経歴図 鹽田正洪”. アジ歴グロッサリー. 2025年4月18日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 帝国秘密探偵社 1943, 朝鮮50頁、コマ数295.
  4. ^ a b 人事興信所 1943, シ30、コマ数818.

参考文献

外部リンク

アジ歴グロッサリー 植民地官僚経歴図




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