マルチニク島の火山の爆発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/07 09:10 UTC 版)
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マルチニク島の火山の爆発 | |
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The Eruption of Mount Pelee | |
![]()
映画のワンシーン
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監督 | ジョルジュ・メリエス |
製作 | ジョルジュ・メリエス |
製作会社 | スター・フィルム |
公開 |
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製作国 | ![]() |
言語 | なし(サイレント映画) |
マルチニク島の火山の爆発(マルチニクとうのかざんのばくはつ、フランス語: Éruption volcanique à la Martinique)は、1902年のフランスの短編無声映画。監督はジョルジュ・メリエス[1]。アメリカ合衆国では『プレー山の噴火』、イギリスでは『プレー山の大噴火とマルチニクのサンピエールの破壊』という名称でも知られる。この映画は、ミニチュアの模型を使用して、当時おこったプレー山の噴火(1902年5月8日)でマルティニーク島のサン・ピエールの町が破壊されたことを短編映画で再現したものである[2]。スター・フィルム社のカタログでは作品397番となっている。
内容
島の象徴、プレー山がサン・ピエールの町の上にそびえ立つ。そのうち火口から火や煙が上がり、その後、溶岩が山の斜面を流れ始める。村は一瞬にして火山灰と炎に包まれてしまう。
制作
この映画は、メリエスの「再構成ニュース映画」、つまり時事問題を舞台で再現した作品の中でも最も頻繁に引用される例の一つである 。 『ペレ山の噴火』は、このジャンルにおける彼の最後から3番目の作品である。その後、1902年に『飛行船パックス号の災難』と最も複雑な『エドワード七世の戴冠式』という2つの作品が制作された。この映画は、様式的には、観客が本来はアクセスできない場所や出来事を模擬的に再現した19世紀に人気のジオラマを彷彿とさせる。 メリエスの卓上ミニチュア模型は、ロマン主義の影響を強く受けた「物語風イラスト」スタイルで噴火を再現している。
メリエスが噴火の演出に使った煙・火の材料については、今なお議論が続いている。メリエスの子孫で映画学者のジャック・マルテットは、ベンガル火と呼ばれる一種の照明弾が使われた(メリエスが4年後に『悪魔の愉快な戯れ』でヴェスヴィオ山の噴火を演出した際に使ったものと同じ)という仮説を立てた。映画史家のルネ・ジャンヌとチャールズ・フォードは、布、色水、燃え殻、チョークの粉末を混ぜ合わせた可燃物だとした。メリエスの孫娘マドレーヌ・マルテット=メリエスは、溶岩を模型に模型に見立ててでんぷんを注ぎ、煙を出すために紙片と乾燥していない木片を燃やしたと示唆した。メリエスの専門家ジョン・フレイザーは、模型は厚紙と紙で作られており、「噴火は点滅する光、粉末のチョーク、燃え殻の組み合わせによって作り出された」と発言した[3]。
映画史家ピエール・レフロオンによれば、詩人ギヨーム・アポリネールはかつてメリエス本人に『マルチニク島の火山の爆発』の灰などの制作方法を尋ねたことがあるという。メリエスは「灰と白亜を写真に撮った」と簡単に答えた。アポリネールは一緒にいた友人に「彼と私は同じ職業で、ありふれた素材に魔法をかけるんです」と語った[2]。
公開と他のバージョン
この作品はメリエス創業のスター・フィルム社によって公開された[1]。同じころ、映画製作者、フェルディナンド・ゼッカとアメリカ合衆国のトーマス・エジソンは、ミニチュア模型を独自に製作して同様の趣旨の映画を製作した[2]。 1902年5月に『マルティニークの大惨事』 として製作されたゼッカのバージョンでは、噴火効果を演出するために4人の舞台係が使用された(1人は模型の山の後ろで硫黄を燃やし、もう1人は画面外のはしごから煙を降らせ、3人目は別のはしごに登って一掴みのおがくずを投げて燃え殻を表現し、4人目はミニチュアの海をかき回して水位を上げて津波を表現した)[3]。映画史家ジョルジュ・サドゥールは、ゼッカ版はアカデミックなリアリズムを目指したスタイルで、メリエスのこのロマンチックな描写とは明らかに異なった効果を生み出していると指摘している[2]。
エジソン製造会社のバージョンは、噴火前の煙を上げるプレー山(マルティニーク、サン・ピエール)、噴火中のプレー山とサン・ピエールの破壊(マルティニーク)、そして燃えるサン・ピエール(マルティニーク)の3本で公開された。エジソン社は、写真家のJ・ブレア・スミスをマルティニークに派遣し、事故後の状況を撮影させていた[4][5][6]。一方、映画監督のエドウィン・S・ポーターは、ニュージャージー州オレンジのエジソンのスタジオに滞在し、スタジオモデルを使用して噴火を再現した。ブレア・スミスの実際の映像12本と、この映画3本すべてが、1902年7月にエジソン社によって販売された。カタログでは、本物の映画と偽物の映画を組み合わせて「これらを見比べて完全なショーを作る」ことを上映者に奨励していた。映画史家ルイス・ジェイコブによると、エジソン版を制作したスタッフは、彼らはビール樽を直射日光にあて、爆発させて噴火を演出するという独自の方法を見つけた[7]。
この映画は長年失われたと思われていた。シネマテーク・フランセーズに保存されていたフィルムがメリエスのこれといわれていることもあったが、実はこれはゼッカのバージョンだった[8]。メリエスの映画は2007年にようやくオリジナルが発見され、カタルーニャ映画資料館によってコピーも発見された[9]。のちにコピーは修復され、出回っている[10]。
References
- ^ a b Malthête, Jacques; Mannoni, Laurent (2008) (フランス語), L'oeuvre de Georges Méliès, Paris: Éditions de La Martinière, p. 344, ISBN 978-2-7324-3732-3
- ^ a b c d Frazer, John (1979), Artificially Arranged Scenes: The Films of Georges Méliès, Boston: G. K. Hall & Co., pp. 93–95, ISBN 0-8161-8368-6
- ^ a b Malthête, Jacques (2003), “Un feu d'artifice improvisé? Les effets pyrotechniques chez Méliès” (フランス語), Mille Huit Cent Quatre-vingt-quinze 39: 61–72 2014年12月5日閲覧。
- ^ Bennett, Carl (14 March 2008), “Mt. Pelee Smoking Before Eruption (St. Pierre, Martinique)”, Silent Era 2014年12月5日閲覧。
- ^ Bennett, Carl (14 March 2008), “Mt. Pelee in Eruption and Destruction of St. Pierre (Martinique)”, Silent Era 2014年12月5日閲覧。
- ^ Bennett, Carl (14 March 2008), “Burning of St. Pierre (Martinique)”, Silent Era 2014年12月5日閲覧。
- ^ Musser, Charles (1991), Before the Nickelodeon: Edwin S. Porter and the Edison Manufacturing Company, Berkeley: University of California Press, p. 208, ISBN 0520060806 2014年12月5日閲覧。
- ^ Essai de reconstitution du catalogue français de la Star-Film; suivi d'une analyse catalographique des films de Georges Méliès recensés en France, Bois d'Arcy: Service des archives du film du Centre national de la cinématographie, (1981), p. 6, ISBN 2903053073, OCLC 10506429
- ^ “La Filmoteca de Catalunya rescata quatre pel·lícules de Méliès que es donaven per perdudes” (カタルーニャ語), Vilaweb, (27 September 2007) 2014年12月5日閲覧。
- ^ “La Filmoteca de Catalunya rescata quatre pel·lícules de Méliès que es donaven per perdudes” (カタルーニャ語), Vilaweb, (27 September 2007) 2014年12月5日閲覧。
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