マリア・ディーチュ
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マリア・ディーチュ(Maria Dietsch, 1835年 - 1869年)は、19世紀南独バイエルン王国首都ミュンヘンの市民階級の女性。バイエルン王ルートヴィヒ1世の美人画ギャラリーに収められた彼女の肖像画は[1]、宮廷画家ヨーゼフ・カール・シュティーラーがギャラリーのために制作した最後の作品となった[2]。
シュヴァンドルフ出身の仕立屋の親方ヨーゼフ・ディーチュと、その妻クレセンティア・ヴィンターガートの間の娘としてミュンヘンで誕生。自身もお針子(裁縫師)として生計を立てていた[2] 。1850年にルートヴィヒ王の命令で制作された2つの肖像画において、ディーチュは白いレース地の襟の付いたシュミーズを着て、赤い蝶ネクタイ(2枚目の肖像画では黒色)を付け、その上に黒いジャケットをまとっている[3]。1865年夕刊紙『アウクスブルガー・アルゲマイネ』紙の新聞記者ゲオルク・シュプレッヒャーと結婚したが、4年後の1869年に亡くなった[2]。
引用・脚注
- ^ Ludovic, S. K. (1902). Newnes, George. ed. “A King's Gallery of Beauty”. The Strand Magazine 23: 16–23 .
- ^ a b c Haus der Bayerischen Geschichte https://hdbg.eu › objekte › index Maria Dietsch (1850) - Ludwig I., https://hdbg.eu/koenigreich/index.php/objekte/index/id/899
- ^ Grand Ladies http://www.gogmsite.net › 1850-ma... 1850 Maria Dietsch by Joseph Karl Stieler (Schönheitengallerie Schloß ..., http://www.gogmsite.net/empire-napoleonic-and-roman/subalbum-schonheitengalleri/1850-maria-dietsch-by-josep
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