ピーター・フレデリク・ロザメルとは? わかりやすく解説

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ピーター・フレデリク・ロザメル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/23 00:06 UTC 版)

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ピーター・フレデリク・ロザメル
Peter Frederick Rothermel
生誕 1817年7月8日
アメリカ合衆国、Nescopeck, Pennsylvania
死没 1895年8月15日
アメリカ合衆国、Linfield, Pennsylvania

ピーター・フレデリク・ロザメル(Peter Frederick Rothermel 、1817年7月8日 - 1895年8月15日)は19世紀のアメリカ合衆国の画家である。

略歴

ペンシルベニア州ルザーン郡のNescopeckに生まれた。生まれた年については、フィラデルフィアの墓標に刻まれた1812年から[1]、1813年、1814年、1817年など諸説がある[2]。測量を学んだ後[3]、20歳でフィラデルフィアに出て、看板描き(sign painter)として働いた後[4] 、美術を学び始め、ロンドン生まれの画家、スミス(John Rubens Smith:1775-1849)や版画家のオティス (Bass Otis)のもとで修行した。

1844年の作品が、会員制の美術愛好家団体(Art-Union)に買いあげられ、画家として成功し[4]、1844年に芸術家支援基金協会(Artists' Fund Society)の副会長になり、1847年から1855年の間は、ペンシルベニア美術アカデミーの校長を務めた[3]

1856年からヨーロッパを訪れ、約2年間ローマに滞在し、イギリスやフランス、ドイツ、ベルギー、イタリアの主要都市を訪れ、1859年に帰国した。フィラデルフィアに戻り、ペンシルベニア美術アカデミーで、風景画家として知られるチャールズ・ルイス・ファッセルらを教えた[3][5]

肖像画や歴史画を描き、代表作には『植民地議会で演説を行うパトリック・ヘンリー』(1851)やペンシルベニア州立美術館に展示されている『ゲティスバーグの戦い』(1971年完成)やコロンブスを描いた作品がある。

1877年に故郷に近いペンシルベニア州リンフィールドの近くに移り、そこで亡くなった。

作品

脚注

  1. ^ Peter Frederick Rothermel, I (1812 - 1895) - Find A Grave Memorial”. 2016年7月14日閲覧。
  2. ^ Art, Archives of American. “Summary of the Peter Frederick Rothermel papers, 1844-1895 - Archives of American Art, Smithsonian Institution”. 2016年7月14日閲覧。
  3. ^ a b c  Wilson, James Grant; Fiske, John, eds. (1900). "Rothermel, Peter Frederick" . Appletons' Cyclopædia of American Biography. New York: D. Appleton.
  4. ^ a b Grafly, Dorothy (1935). "Rothermel, Peter Frederick". Dictionary of American Biography. New York: Charles Scribner's Sons. p. 187.
  5. ^ Archives | Philadelphia Sketch Club” (英語). sketchclub.org. 2018年1月17日閲覧。

参考文献




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