ドワイト・デービス (バスケットボール)とは? わかりやすく解説

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ドワイト・デービス (バスケットボール)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/01/25 17:35 UTC 版)

ドワイト・デービス
Dwight Davis
引退
ポジション
(現役時)
PF
身長(現役時) 203cm  (6 ft 8 in)
体重(現役時) 100kg (220 lb)
基本情報
ラテン文字 Dwight Davis
誕生日 1949年10月28日(66歳)
アメリカ合衆国
出身地 テキサス州ヒューストン
ドラフト 1972年1巡3位 
選手経歴
1972-1975
1975-1977
クリーブランド・キャバリアーズ
ゴールデンステート・ウォリアーズ

ドワイト・デービス(Dwight Davis、1949年10月28日 - )はテキサス州ヒューストン出身のバスケットボール選手。ニックネームはダブルD[1]

経歴

高校時代、テキサス州のベストアスリートに選ばれた彼には多くの大学からオファーが殺到したが[1]、1968年1月にヒューストン大学への入学を決意、その年練習でエルヴィン・ヘイズを相手に守備練習を行った。大学2年次には平均21得点、11リバウンドをあげてチームは25勝5敗の成績をあげて、NCAAトーナメントでスウィート16まで進出した。3年次にはチームトップの平均20.3得点、12.3リバウンドをあげた。またヒューストン大学の選手として初めてシーズン100ブロックショットを果たしている。4年次には平均24.4得点、シーズン106ブロックショットをあげて、チームはこの年20勝7敗で全米ランキングベスト10に入り、自身もオールアメリカンのサードチームに選出された[2]

1972年のNBAドラフト1巡目全体3位でクリーブランド・キャバリアーズに指名されて入団、1972-73シーズンのNBAオールルーキーチームに選ばれた。1973-74シーズンには自己ベストの平均12.5得点をあげた。1975-76シーズンからはゴールデンステート・ウォリアーズでプレーした。怪我のため5シーズンで現役を引退した[1]。通算340試合に出場し、1試合平均8.6得点、5.9リバウンドをあげた。

現役引退後は薬物やアルコール使用障害に苦しみ、うつ病離婚も経験した。その後、彼は悪い状況を克服しニューハンプシャー州で若者たちにメッセージを送り続けている[1]

2006年11月にヒューストン大学の殿堂入りを果たした[3]。彼は現在もリバウンド、ブロックショット、得点で大学歴代10傑の数字を残している[4]

脚注

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  1. ^ a b c d Former NBA Player Dwight Davis”. oldschooldad.org (2007年11月17日). 2011年7月9日閲覧。
  2. ^ 2006 Nominees”. ヒューストン・クーガーズ. 2011年7月9日閲覧。
  3. ^ 2006-07 HOUSTON BASKETBALL (PDF)”. ヒューストン・クーガーズ. 2011年7月9日閲覧。
  4. ^ 1975-76 Topps #11 Dwight Davis” (2010年8月13日). 2011年7月9日閲覧。

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