雲谷等顔とは? わかりやすく解説

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うんこく‐とうがん【雲谷等顔】

読み方:うんこくとうがん

[1547〜1618]桃山時代画家肥前の人。雲谷派始祖初め絵師として毛利氏仕え、のち雪舟ゆかりの雲谷庵を継ぎ雪舟画風復興のために活躍山水人物を得意とした。作品では、京都大徳寺黄梅院方丈襖絵(ふすまえ)が有名。


雲谷等顔

読み方うんこく とうがん

安土・桃山時代画家肥前生。名は治兵、のち直治雲谷派の祖。雪舟私淑広島城毛利輝元の命で雪舟筆の山水長巻模写雪舟旧跡雲谷庵を継いで姓とした。法橋叙せられる。代表作大徳寺黄梅院障壁画がある。元和4年(1618)歿、72才。

雲谷等顔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/28 00:46 UTC 版)

雲谷 等顔(うんこく とうがん)は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけて活動した日本画家肥前国藤津郡能古見(現・佐賀県鹿島市)生まれ。毛利氏の御用絵師となって幕末まで続く雲谷派の祖。次男は同じく画家で、雲谷派の跡継ぎである雲谷等益


  1. ^ 「団扇図」「琴棋書画図」「蓮芦図」などの絵が残っている(『臨済宗佛通寺派大本山 佛通寺の文化財展』 三原市教育委員会、1996年10月29日、pp.73-77,113-14)。
  2. ^ 山本(2004)p.30。
  3. ^ 図録(2009)図7。
  4. ^ 山本(1993)。
  5. ^ 図録(2009)図3。
  6. ^ 絵画 _ 所蔵品 _ 金沢市立中村記念美術館
  7. ^ 図録(2009)図8。
  8. ^ 図録(2009)図9。
  9. ^ 京都国立博物館 東京国立博物館 朝日新聞社編集 『亀山法皇七〇〇年御忌記念 南禅寺』 朝日新聞社、2004年、図112。
  10. ^ 図録(2009)図4。


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