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防衛大臣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/23 09:45 UTC 版)

防衛大臣
Ministry of Defense2.JPG
防衛省
現職者
田中直紀

就任日 2012年1月13日
任命者 内閣総理大臣
初代 久間章生
創設 2007年1月9日
ウェブサイト 防衛省・自衛隊

防衛大臣(ぼうえいだいじん)は、日本国務大臣であり防衛省を管轄している。他の大臣と同様、文民統制の観点から文民が就任する。行政組織としての防衛省の最高責任者であるとともに、自衛隊の最高司令官である内閣総理大臣の下で(統合幕僚長を通じて)自衛隊全体を統督する。就退任に際しては栄誉礼で迎えられる。2007年1月の防衛庁から防衛省への昇格に伴い、長官から大臣に変更された。

歴代防衛大臣等一覧

  • 防衛大臣のほか、防衛省の前身である防衛庁、保安庁警察予備隊本部及び海上警備隊の長官等も範囲に含める。
  • 警察予備隊本部は現在の防衛省内局陸上自衛隊に相当。
  • 海上警備隊は現在の海上自衛隊に相当。
  • 補職辞令のある再任は個別の代として数え、辞令のない留任は数えない。
  • 臨時代理・事務取扱・事務代理は、大臣・長官空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。


氏名 在任期間 兼務等・備考 所属政党
警察予備隊本部長官
- 增原惠吉 1950年8月14日 - 1952年7月31日 認証官国務大臣ではない。
国務大臣警察予備隊担当)
- 大橋武夫 1951年12月26日 - 1952年7月31日 警察予備隊令第9条に基づく。
海上保安庁長官
- 柳沢米吉 1952年4月26日 - 1952年7月31日 海上警備隊の指揮監督。国務大臣ではない。
国務大臣保安庁長官(総理府外局
- 吉田茂 1952年8月1日 - 1952年10月30日 内閣総理大臣による事務取扱
1 木村篤太郎 1952年10月30日 - 1953年5月21日
2 1953年5月21日 - 1954年6月30日
国務大臣防衛庁長官(総理府外局
1 木村篤太郎 1954年7月1日 - 1954年12月10日 民間人
2 大村清一 1954年12月10日 - 1955年3月19日 日本民主党
3 杉原荒太 1955年3月19日 - 1955年7月31日
4 砂田重政 1955年7月31日 - 1955年11月22日
5 船田中 1955年11月22日 - 1956年12月23日 自由民主党
- 石橋湛山 1956年12月23日 - 1957年1月31日 内閣総理大臣による事務取扱
- 岸信介 1957年1月31日 - 1957年2月2日 国務大臣(外務大臣)による事務代理
6 小瀧彬 1957年2月2日 - 1957年2月25日
7 1957年2月25日 - 1957年7月10日
8 津島壽一 1957年7月10日 - 1958年6月12日
9 左藤義詮 1958年6月12日 - 1959年1月12日
10 伊能繁次郎 1959年1月12日 - 1959年6月18日
11 赤城宗徳 1959年6月18日 - 1960年7月19日
12 江崎真澄 1960年7月19日 - 1960年12月8日
13 西村直己 1960年12月8日 - 1961年7月18日
14 藤枝泉介 1961年7月18日 - 1962年7月18日
15 志賀健次郎 1962年7月18日 - 1963年7月18日
16 福田篤泰 1963年7月18日 - 1963年12月9日
17 1963年12月9日 - 1964年7月18日
18 小泉純也 1964年7月18日 - 1964年11月9日
19 1964年11月9日 - 1965年6月3日
20 松野頼三 1965年6月3日 - 1966年8月1日
21 上林山栄吉 1966年8月1日 - 1966年12月3日
22 増田甲子七 1966年12月3日 - 1967年2月17日
23 1967年2月17日 - 1968年11月30日
24 有田喜一 1968年11月30日 - 1970年1月14日
25 中曽根康弘 1970年1月14日 - 1971年7月5日
26 增原惠吉 1971年7月5日 - 1971年8月2日
27 西村直己 1971年8月2日 - 1971年12月3日
28 江崎真澄 1971年12月3日 - 1972年7月7日
29 增原惠吉 1972年7月7日 - 1972年12月22日
30 1972年12月22日 - 1973年5月29日
31 山中貞則 1973年5月29日 - 1974年11月11日
32 宇野宗佑 1974年11月11日 - 1974年12月9日
33 坂田道太 1974年12月9日 - 1976年12月24日
34 三原朝雄 1976年12月24日 - 1977年11月28日
35 金丸信 1977年11月28日 - 1978年12月7日
36 山下元利 1978年12月7日 - 1979年11月9日
37 久保田円次 1979年11月9日 - 1980年2月4日
38 細田吉蔵 1980年2月4日 - 1980年7月17日
39 大村襄治 1980年7月17日 - 1981年11月30日
40 伊藤宗一郎 1981年11月30日 - 1982年11月27日
41 谷川和穗 1982年11月27日 - 1983年12月27日
42 栗原祐幸 1983年12月27日 - 1984年11月1日
43 加藤紘一 1984年11月1日 - 1986年7月22日
44 栗原祐幸 1986年7月22日 - 1987年11月6日
45 瓦力 1987年11月6日 - 1988年8月24日
46 田澤吉郎 1988年8月24日 - 1989年6月3日
47 山崎拓 1989年6月3日 - 1989年8月10日
48 松本十郎 1989年8月10日 - 1990年2月28日
49 石川要三 1990年2月28日 - 1990年12月29日
50 池田行彦 1990年12月29日 - 1991年11月5日
51 宮下創平 1991年11月5日 - 1992年12月12日
52 中山利生 1992年12月12日 - 1993年8月9日
53 中西啓介 1993年8月9日 - 1993年12月2日 新生党
54 愛知和男 1993年12月2日 - 1994年4月28日
- 羽田孜 1994年4月28日 内閣総理大臣による事務取扱
55 神田厚 1994年4月28日 - 1994年6月30日 民社党
56 玉澤徳一郎 1994年6月30日 - 1995年8月8日 自由民主党
57 衛藤征士郎 1995年8月8日 - 1996年1月11日
58 臼井日出男 1996年1月11日 - 1996年11月7日
59 久間章生 1996年11月7日 - 1998年7月30日
60 額賀福志郎 1998年7月30日 - 1998年11月20日 参議院本会議問責決議可決
61 野呂田芳成 1998年11月20日 - 1999年10月5日
62 瓦力 1999年10月5日 - 2000年4月5日
63 2000年4月5日 - 2000年7月4日
64 虎島和夫 2000年7月4日 - 2000年12月5日
65 斉藤斗志二 2000年12月5日 - 2001年1月5日
国務大臣防衛庁長官(内閣府外局
66 斉藤斗志二 2001年1月6日 - 2001年4月26日 自由民主党
67 中谷元 2001年4月26日 - 2002年9月30日 初の自衛官出身防衛庁長官
68 石破茂 2002年9月30日 - 2003年11月19日
69 2003年11月19日 - 2004年9月27日
70 大野功統 2004年9月27日 - 2005年9月21日
71 2005年9月21日 - 2005年10月31日
72 額賀福志郎 2005年10月31日 - 2006年9月26日
73 久間章生 2006年9月26日 - 2007年1月8日
防衛大臣(防衛省
1 久間章生 2007年1月9日 - 2007年7月4日 自由民主党
2 小池百合子 2007年7月4日 - 2007年8月27日
3 高村正彦 2007年8月27日 - 2007年9月26日
4 石破茂 2007年9月26日 - 2008年8月2日
5 林芳正 2008年8月2日 - 2008年9月24日
6 浜田靖一 2008年9月24日 - 2009年9月16日 防衛会議を設置
7 北澤俊美 2009年9月16日 - 2010年6月8日 民主党
8 2010年6月8日 - 2011年9月2日
9 一川保夫 2011年9月2日 -2012年1月13日 参議院本会議で問責決議可決
10 田中直紀 2012年1月13日 -
  • 歴代連続最長在任記録 746日間 - 坂田道太

「腰掛け閣僚」からの脱却

55年体制国対政治においては防衛政策が与野党対立事項として敬遠されて先送りになりやすく、他方で日米安保体制下にあって日本が防衛政策でイニシアチブをとる幅も少なかった。全日空機雫石衝突事故や自衛隊空将補スパイ事件やなだしお事件など自衛隊が批判される事件があると引責辞任させられることも多かった。このため、防衛閣僚は入閣待望の政治家対策の伴食閣僚格として扱われ、8ヶ月程度の腰掛でころころ変わるために、閣僚がリーダーシップを発揮しにくい状況下になっていた。第2次田中内閣の改造を受けて就任したがすぐに金脈問題が発覚して総辞職という形で29日間で離任することになった宇野宗佑は「国を守る防衛庁長官がどうしてくるくる代わるのか」とこぼしている。1980年には久保田円次が「重大な問題でございまするので、防衛局長から答弁をさせます」という答弁し、重要政策で閣僚が答えられないエピソードとして取り上げられることもある。その結果、事務方の優位がしばしば起こり、海原治のような大物官僚が幅を利かす要因になったと言われる。こうして、戦後長らく、防衛庁長官はいわゆる重要閣僚とはみなされず、初入閣者に与えられることが多いポストで、大物政治家の就任も少なかった。防衛庁長官経験者で、後に総理大臣に就任したのは、宇野を除けば中曽根康弘のみである。

90年代以降、湾岸戦争などを経て日本の軍事面を含めた国際貢献が問われるようになるとともに、米軍再編や日米同盟の再定義といった防衛に関わる問題が政治の最重要課題に上ることが増えた。さらに、災害対策などにおける自衛隊の活動も国民に認知されるようになり、相対的に防衛政策の重要性が高まる中で、防衛庁は2007年には悲願の省昇格を果たした。大臣も内外の交渉力や国会答弁を円滑に行うことのできる能力が求められるようになり、21世紀以降は、中谷元石破茂(2002年)、浜田靖一といった「新防衛族」などと言われる防衛政策通や、額賀福志郎久間章生石破茂(2008年)といった再任者、あるいは他の有力閣僚の経験者などの就任が多くなっており、防衛大臣は比較的重要度の高い閣僚とみなされるようになっている。2009年に誕生した民主党政権では安全保障と縁が薄かった北沢俊美が就任し、一部から疑問視されたが、結果的に2年にわたって同じポストにとどまり続けた唯一の閣僚となり(在任期間は史上2位の長さに及んだ)、普天間基地移設問題や防衛大綱の改訂などで存在感を発揮した。しかしその後は一川保夫田中直紀と防衛閣僚としての自覚・教養が欠落した人物による発言・行動が相次いでいる。






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