遭難碑
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 09:33 UTC 版)
日本では、1960年以降の登山ブームの中で遭難するケースも増加。大型の遭難碑が山々に林立する状態となった。このため谷川岳では遭難碑を一か所にまとめる動きが見られた。1974年、環境省は山々のケルンを必要最小限のものを除いて撤去するよう全国の国立公園管理事務所に指示、この指示についてはケルンに似た大型の遭難碑も含まれることとなったため、遭難碑の建設に抑制が掛けられることとなった。
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