羲和とは? わかりやすく解説

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ぎか 【羲和】

中国古代神話中の太陽神。羲和は帝俊の妻で一〇個の太陽産んだという。その一〇個は甲乙丙丁など十干日付けに従って毎日一個ずつ登るのだとする。のち、これが人物化され、羲氏と和氏として堯帝の下に暦をつかさどったとする(羲和は太陽馬車御者だとの話もある)。

羲和

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/31 01:21 UTC 版)

羲和(ぎわ、ぎか、拼音: Xīhé)は、中国神話に登場する太陽にまつわるである。或いは、伝説上の官吏ともいわれる。神としての羲和は、太陽の御者、若しくは太陽のとみなされる。官吏としての羲和は、羲氏と和氏の4人に分けられて四方に配され、天文を司ったとされる[1]


注釈

  1. ^ 太陽を引く車にまつわる「太陽の馬車」神話は世界各地にあるが、羲和の場合はが引く「竜車」であることに特徴があり、太陽と竜蛇の結び付きが強い中国古代の信仰の現れとみられる[6]
  2. ^ 十日説話については、『淮南子』巻八 本経訓に、10個の太陽が一斉に昇ってしまったため、地上が大いに乱れ、の名手である羿に命じて10個の太陽を射させた、という説話もある。羿の妻は姮娥(嫦娥)とされるが、嫦娥は元々は常羲だったともいわれ、常羲は羲和と同じく帝俊の妻で十二月を生んだとされ、後世には羲和と同一とみなされることもあった[9][11] [2]

出典

  1. ^ a b 桐本東太「羲和」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館https://kotobank.jp/word/%E7%BE%B2%E5%92%8C-53943 
  2. ^ a b 杉本憲司「呉越文化の鳥」『鷹陵史学』第19巻、1-17頁、1994年https://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/rid_OS001900001696 
  3. ^ 金中「「西山夕陽」考 —古今集204番歌の解釈をめぐって—」『東京外国語大学日本研究教育年報』第22巻、110-128頁、2018年3月https://hdl.handle.net/10108/91276 
  4. ^ a b 佐伯雅宣「何遜詩訳注 (1)」『中國古典文學研究』第13巻、8-31頁、2016年3月30日。doi:10.15027/42572ISSN 1349-3639NAID 40020844751NCID AA12025183 
  5. ^ 村田和弘「徐渭の代応制詞16首について(その1)」『北陸大学 紀要』第30巻、55-67頁、2006年12月31日。doi:10.15066/00000017ISSN 0387074XNAID 40015492803 
  6. ^ a b 松前健「伏羲・女媧の神話と華南の竜蛇崇拝(第二回研究大会)」『民族學研究』第29巻、第1号、71-74頁、1964年8月31日。doi:10.14890/minkennewseries.29.1_71 
  7. ^  方輿彙編/邊裔典/第107卷” (中国語), 欽定古今圖書集成, ウィキソースより閲覧。  [スキャンデータ]
  8. ^ Chavannes, Édouard, Mission archéologique dans la Chine septentrionale, 3, p. Pl. LI, doi:10.20676/00000254 
  9. ^ a b c d 飯塚勝重「三足烏原像試探」『アジア文化研究所研究年報』第48巻、1-14頁、2014年2月28日https://toyo.repo.nii.ac.jp/records/6552 
  10. ^ 尹青青「『山海経』に見る帝俊説話 —黄帝説話との比較を中心に—」『中央大学人文科学研究所紀要』第88巻、81-109頁、2017年9月30日。ISSN 0287-3877https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I028636244 
  11. ^ a b c 延恩株「新羅の始祖神話と日神信仰の考察 —三氏(朴・昔・金)の始祖説話と娑蘇神母説話を中心に—」『桜美林論考『言語文化研究』』第2巻、83-100頁、2011年3月。ISSN 21850674https://obirin.repo.nii.ac.jp/records/939 
  12. ^ a b c 豊田久「東アジア文化の中から見た鳥取における「湖山長者」の伝説について —中国資料を中心に—」『地域学論集』第7巻、第2号、291-300頁、2010年12月8日。ISSN 1349-5321https://repository.lib.tottori-u.ac.jp/records/310 
  13. ^ a b 御手洗, 勝「第六章 羲和の始原的性格 —古代中國における「太陽の御者」傳説」『古代中國の神々 —古代傳説』創文社、1984年2月28日、477-505頁。 
  14. ^ 木庭元晴「飛鳥時代推古期による天の北極及び暦数の獲得」『関西大学博物館紀要』第22巻、1-22頁、2016年3月31日https://hdl.handle.net/10112/11175 
  15. ^ 池田秀三「周禮疏序譯注」『東方學報』第53巻、547-588頁、1981年3月14日。doi:10.14989/66598 
  16. ^ a b 杉本直治郎; 御手洗勝「古代中國における太陽説話 —特に扶桑傳説について—」『民族学研究』第15巻、第3,4号、304-327頁、1951年3月。doi:10.14890/minkennewseries.15.3-4_304 
  17. ^ じゅん【旬】」『精選版 日本国語大辞典』小学館https://kotobank.jp/word/%E6%97%AC-529615 
  18. ^ 出口, 隼詩 (2021年10月22日). “中国、初の太陽観測衛星を打ち上げ Hαスペクトルを使用した分光器を搭載”. sorae. 2021年11月19日閲覧。


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