真田太平記 (テレビドラマ)とは? わかりやすく解説

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真田太平記 (テレビドラマ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/13 03:48 UTC 版)

真田太平記』(さなだたいへいき)は、1985年(昭和60年)4月3日から1986年(昭和61年)3月19日まで、NHK総合テレビの「新大型時代劇」枠で放送された連続テレビドラマ[1]の第2作。主演は渡瀬恒彦。全45話。


注釈

  1. ^ クレジットでは於市と記されている場合もある。
  2. ^ クレジットでは梅と記されている場合もある。
  3. ^ クレジットでは藤兵衛と記されている場合もある。
  4. ^ クレジットでは七佐衛門と記されている場合もある。
  5. ^ クレジットでは新之助と記されている場合もある。
  6. ^ クレジットでは回により向井もよと記されている場合もある。
  7. ^ 甲賀「徳川方」山中忍び頭領:実際の俊房は、豊臣忍びの頭領として豊臣秀吉に仕えた後、秀頼の代になってから徳川家康に鞍替えしている。
  8. ^ 甲賀「豊臣方」山中忍び頭領:実際の長俊は、柴田勝家の家老を務めたのち、丹羽長秀を経て豊臣秀吉の右筆を務めた。関ヶ原の戦いでは西軍に属して浪人となり、京都で隠棲して慶長12年に没している。
  9. ^ 徳川家康役の中村梅之助の子。役柄でも親子役を演じている。
  10. ^ 2006年の『功名が辻』でも同役を演じている。
  11. ^ 史実では毛利勝永と戦い戦死している。
  12. ^ 史実の勝永は、いきり立つ兵を抑えるため前線に出たが、兵が堪えきれずに制止を振り切って勝手に進撃したので、已む無く出撃した。
  13. ^ 官名は弾正少弼だが、本作では息子幸長の官名である「左京(左京大夫)」で呼ばれていた
  14. ^ クレジットは「清正の使者」の回もある。

出典

  1. ^ 解説/あらすじ - TSUTAYA online - 真田太平記 DVD”. カルチュア・コンビニエンス・クラブ. 2014年1月23日閲覧。
  2. ^ 放送批評懇談会 第23回奨励賞受賞作品”. 放送批評懇談会. 2014年1月23日閲覧。
  3. ^ 「テレビ視聴率季報(関東地区)」ビデオリサーチ。


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