百人おどし
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/15 07:03 UTC 版)
百人おどし(ひゃくにんおどし)は、並んだ人々の人体に静電気を流して感電を体験する演示物理実験のことである[1]。もともとは静電気を貯めるライデン瓶に、江戸時代の蘭学者である橋本宗吉が百人おどしまたは、百人おびえ、百人嚇(ひゃくにんおびえ)と訳語をあてたことに始まる[2]。
注釈
- ^ 『阿蘭陀始制エレキテル究理原』は、もともと橋本宗吉がオランダの百科事典を翻訳した際にエレキテルを知り、自らエレキテルを作成した際に得られた知見をもとに書かれたものである[5]。しかし『阿蘭陀始制エレキテル究理原』は出版の許可が下りなかった[5]。
- ^ 『阿蘭陀始制ヱレキテル究理原』には、静電気で焼酎を発火させる実験も記述されている[7]
- ^ 比較的低い電圧での感電による死亡では、日本では、1958年、山口県の炭鉱で50Vへの接触で感電死の報告がある[15]。また 35Vで感電死した例も報告されている[15]。
- ^ 例えば、家庭用の低周波治療器では、電圧が数十から百数十V程度、時定数が0.2msのパルス電圧が出力され、実測によると人体には数十から百数十mAの電流が流れている[10]。従って、1パルスあたりのエネルギーは数mJ程度となる[10]。
出典
- ^ a b c d 「百人おどし」で人体を流れる電流 1997, p. 38.
- ^ 近代日本その科学と技術 1990, p. 89.
- ^ 日本科学史散歩 1974, p. 29.
- ^ アエラ2007年6月11日号 2007, p. 58.
- ^ a b c d e 日本科学史散歩 1974, p. 28.
- ^ a b 近代日本その科学と技術 1990, p. 88.
- ^ 日本科学史散歩 1974, p. 30.
- ^ エレキテルの魅力 2007, pp. 55-56.
- ^ a b c d エレキテルの魅力 2007, p. 42.
- ^ a b c d e f g h たのしくわかる物理実験事典 1998, p. 444.
- ^ a b c d e 電撃危険性と危険限界 1971, p. 20.
- ^ a b c d e 電撃危険性と危険限界 1971, p. 17.
- ^ a b 電撃危険性と危険限界 1971, p. 29.
- ^ 電撃危険性と危険限界 1971, p. 30.
- ^ a b 電撃危険性と危険限界 1971, p. 22.
- ^ a b 電撃危険性と危険限界 1971, p. 37.
- ^ a b c 「百人おどし」で人体を流れる電流 1997, p. 39.
- 1 百人おどしとは
- 2 百人おどしの概要
- 3 参考文献
百人おどし(静電気実験)
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「米村でんじろう」の記事における「百人おどし(静電気実験)」の解説
「百人おどし」も参照 「百人おどし」、または「静電気実験」とも呼んでいる静電気を使った参加型の演示物理実験である。ライデン瓶(キャパシタ)の材料としてプラスチックコップ2つとアルミ箔を用意。プラスチックコップにそれぞれアルミ箔を巻きつけ、それを2つ重ねてライデン瓶をつくる。塩化ビニルパイプや風船などで起こした静電気を、プラスチックコップ2個にアルミ箔を巻きつけて作ったライデン瓶に蓄えて、被験者は手をつないで輪をつくり、ライデン瓶に触れると全員に静電気が流れる実験である。 都立稲城高校の教諭時代に、物理の授業にまるで無関心な生徒に対して、少しでも関心を持ってもらうため、この実験を始めた。生徒全員に手をつながせて実験をすると、授業を面白がるようになった。滝川洋二の解説によると「これは米村が文献を調べ江戸時代に橋本宗吉がエレキテルを使って静電気実験が行われていたものを再発見し、現代にある材料で再現したもの」である。
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