瀬戸南線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/06 16:10 UTC 版)
瀬戸南線(せとみなみせん)は、かつて鉄道省運輸局自動車課(省営バス)・日本国有鉄道自動車局(国鉄バス)・東海旅客鉄道・ジェイアール東海バスが運行していた自動車路線である。
- ^ 開通当初は古出来町経由であった。後の1957年に大曽根・愛知県庁前経由に変更されている。
- ^ 1950年に開通していた瀬戸 - 志段味支所前 - 神領という経路も利用して名古屋 - 瀬戸・高蔵寺という運行系統がこの時に成立した。
- ^ 1970年7月に名古屋 - 大高駅前が廃止となり安城線に編入された。
- ^ この頃、既に名鉄と東濃鉄道は国道19号線経由の名多線(名古屋 - 多治見)・名中線(名古屋 - 中津川・急行バス)を運行していたが、両社は1968年に増発を実施、さらに1970年に難所であった国道19号の内津峠に内津トンネルが開通し、速達性が向上したため次第に太刀打ちできなくなり、愛岐線は1972年に廃止となった。
- ^ 陶町 - 明知間は東濃鉄道バス明智線で実質代替。
- ^ JR東海バス担当分のみの廃止で、この時には名鉄バス担当分は残った。現在は名鉄バスが運行より撤退し、名古屋市交通局(市営バス)が運行している。
- ^ 概ね春日井市内の路線は春日井営業所が、瀬戸市内の路線は長久手市にある名古屋営業所が、岡崎市内の路線は岡崎営業所が運行している。
- ^ 特に瀬戸市内の路線の場合、トランパス、トランパス廃止後はmanacaを使えば、名鉄瀬戸線と名鉄バスとの乗継割引が使え、また定期券も名鉄電車・バスを合わせた一枚で済むので、むしろJRバス時代よりも利便性が向上した。
- ^ 2011年9月までは「中央ライナー号」も運行していた。
- ^ 「鉄道省告示第354号」『官報』1930年12月17日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 初の省営バス、愛知・岐阜で二路線営業『新愛知新聞』昭和5年12月19日(『昭和ニュース事典第2巻 昭和4年-昭和5年』本編p447 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
- ^ “路線バスの廃止について(2009年8月27日付の公式サイト内ニュースリリース)”. 2009年9月3日閲覧。
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