柏尾誠一郎
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柏尾 誠一郎(かしお せいいちろう、1892年1月2日 - 1962年12月16日)は、大阪府出身の男子テニス選手。1920年のアントワープ五輪において、テニスの男子ダブルスで熊谷一弥とペアを組み、日本人のスポーツ選手として史上初のオリンピック・メダルを獲得した選手として知られている。
- ^ a b 帝国秘密探偵社編『第三版 大衆人事録 ア-ソ之部』1930年、カの部50頁。
- ^ a b 『朝日新聞』1942年7月30日東京朝刊3頁「庭球の柏尾や木琴の平岡 引揚邦人の変り種を拾う」。
- ^ “錦織が「銅」 テニス日本勢96年ぶりメダル”. 日本経済新聞. (2016年8月15日) 2020年2月27日閲覧。
- ^ 『東京朝日新聞』1934年2月13日、朝刊3頁「学生庭球副会長、柏尾氏に決定」。
- ^ 『東京朝日新聞』1934年12月24日、朝刊3頁「更生庭球協会新理事 昨日総会で11氏推薦」。
- ^ 『朝日新聞』1942年8月14日、東京夕刊2頁「在米邦人の抑留生活 浅間丸座談会(下)」。
- ^ 『朝日新聞』1945年11月22日、東京朝刊1頁「三井物産重役半減」。
- ^ a b 『朝日新聞』1962年12月17日、東京朝刊11頁「柏尾誠一郎氏死去」。
- 1 柏尾誠一郎とは
- 2 柏尾誠一郎の概要
- 3 参考文献
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