映像作家時代(1978年以降)
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「マーカス・キーフ」の記事における「映像作家時代(1978年以降)」の解説
1978年、ケイト・ブッシュのデビュー曲『嵐が丘』のビデオ・クリップを依頼されたことが転機となり、映像ディレクターに転向。同年5月に映像製作会社「KEEF AND COMPANY(Keefco)」を設立し、「ポール・マッカートニー」「ブロンディ」「モーターヘッド」「バナナラマ」「パット・ベネター」「カルチャー・クラブ」等のミュージックビデオを手掛けている。 1980年代以降はテレビ業界にも進出し、英TVチャンネル「The Chart Show」など幾つかの放送媒体を開始。2002年には、ケーブルテレビ・衛星放送会社「CSCメディアグループ」(後にソニー・ピクチャーズ テレビジョン傘下)を共同で設立し会長(チェアマン)を務めた。その他複数の事業を興しており、それぞれでディレクターを務めている。 2020年2月には、自身の評価を高めたブラック・サバスのデビューアルバム『黒い安息日』発売50周年を記念して、カバーアートのモデルとなったルイーザ・リヴィングストンと共に回想コメントを寄せている。
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