カバーアート
カバーアート
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※五十音順 アフィニティー (Affinity) / 『Affinity - 番傘をさして佇む女性』 (1970年) アル・スチュアート (Al Stewart) / 『Orange』 (1972年) インディアン・サマー (Indian Summer) / 『Indian Summer - 荒野の中のサボテンとコヨーテ』 (1971年) ウィル・マローン (Wil Malone) / 『Wil Malone』 (1970年) ウォーホース (Warhorse) / 『Warhorse』 (1970年) ガソリン・バンド (The Gasoline Band) / 『The Gasoline Band』 (1972年) クリス・マクレガーズ・ブラザーフッド・オブ・ブレス (Chris McGregor's Brotherhood Of Breath) / 『Chris McGregor's Brotherhood Of Breath』 (1971年) グリーンスレイド (Gleenslade) / 『Spyglass Guest』 (1974年) クレシダ (Cressida) / 『Asylum』 (1971年) - 「一面の生首」はこの作品である。 コロシアム (Colosseum) / 『Valentyne Suite - ヴァレンタイン組曲』 (1969年) コロシアム / 『Colosseum Live - ライヴ』 (1971年) ザイオール (Zior) / 『Zior』 (1971年) サンディ・デニー (Sandy Denny) / 『The North Star Grassman and the Ravens - 海と私のねじれたキャンドル』 (1971年) JSDバンド (JSD Band) / 『Travelling Days』 (1973年) シェイプ・オブ・レイン (Shape Of The Rain) / 『Riley Riley Wood And Waggett』 (1971年) ジグソー (Jigsaw) / 『Letherslade Farm』 (1970年) ジミー・キャンベル (Jimmy Campbell) / 『Half Baked』 (1970年) ジミー・キャンベル / 『Jimmy Campbell's Album』 (1972年) ジョン・スティーヴンス・アウェイ (John Stevens' Away) / 『John Stevens' Away』 (1975年) ステイタス・クォー (Status Quo) / 『On The Level - オン・ザ・レベル』 (1975年) ステイタス・クォー / 『Blue for You - ブルー・フォー・ユー』 (1976年) ストーンハウス (Stonehouse) / 『Stonehouse Creek』 (1971年) スプリング (Spring) / 『Spring』 (1971年) ダンドー・シャフト (Dando Shaft) / 『Dando Shaft』 (1971年) デヴィッド・ボウイ (David Bowie) / 『The Man Who Sold The World - 世界を売った男』 (UK盤1971年) デザイン (Design) / 『Day Of The Fox』 (1973年) - photography by keef デザイン / 『In Flight』 (1974年) トロッグス (Troggs) / 『The Trogg Tapes』 (1976年) トントン・マクート (Tonton Macoute) / 『Tonton Macoute』 (1971年) ニュークリアス (Nucleus) / 『Under The Sun』 (1974年) ニルヴァーナ (Nirvana) / 『Local Anaesthetic - 局部麻酔』 (1971年) ハーヴィー・アンドリュース (Harvey Andrews) / 『Writer Of Songs』 (1972年) ハングリー・ウルフ (Hungry Wolf) / 『Hungry Wolf』 (1970年) ハンニバル (Hannibal) / 『Hannibal』 (1970年) バート・ウィードン (Bert Weedon) / 『Rockin' At The Roundhouse』 (1970年) フェア・ウェザー (Fair Weather) / 『Beginning From An End』 (1971年) フェアフィールド・パーラー (Fairfield Parlour) / 『From Home to Home』 (1970年) ブラック・サバス (Black Sabbath) / 『Black Sabbath - 黒い安息日』 (1970年) - ブラック・サバスの恐怖感を煽るサウンドを的確に具現化したとして、高く評価されている。 ブラック・サバス / 『Paranoid - パラノイド』 (1970年) ブルー・ミンク (Blue Mink) / 『Our World』 (UK盤1970年) フレッシュ・マゴット (Fresh Maggots) / 『Fresh Maggots』 (1971年) ヘヴン (Heaven) / 『Brass Rock 1』 (1971年) ベガーズ・オペラ (Beggars Opera) / 『Act One』 (1970年) ポール・ジョゼズ (Paul Joses) / 『Lonely Man』 (1975年) マイク・クーパー (Mike Cooper) / 『Life And Death In Paradise』 (1974年) マンディー・モア (Mandy More) / 『But That Is Me'』 (1972年) マンディンゴ (Mandingo) / 『Savage Rite』 (1977年) マンフレッド・マン・チャプター・スリー (Manfred Mann Chapter Three) / 『Volume Two』 (1970年) - 一面の人形の首 マンフレッド・マン・チャプター・スリー / 『Dama Viajera』 (1stアルバムを改題したアルゼンチン盤1971年) リック・コルベック・カルテット (The Ric Colbeck Quartet) / 『The Sun Is Coming Up』 (1970年) ルー・レイズナー (Lou Reizner) / 『Lou Reizner』 (1970年) レジェンド (Legend) / 『Moonshine』 (1972年) - 人ごみの中に狼男 ロウ・マテリアル (Raw Material) / 『Time Is ...』 (1971年) - 爆発する砂時計のジャケット。キーフの作品の中で特に有名である。 ロッド・スチュワート (Rod Stewart) / 『An Old Raincoat Won't Ever Let You Down - ロッド・スチュワート・アルバム』 (UK盤1970年) ロッド・スチュワート / 『Gasoline Alley - ガソリン・アレイ』 (UK盤1970年) ロビン・レント (Robin Lent) / 『Scarecrow's Journey』 (1971年) オムニバス (V.A.) / 『The Virtigo Annual 1970』 (1970年) オムニバス / 『Dimension Of Miracle』 (1971年)
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「サンドマン (ヴァーティゴ)」の記事における「カバーアート」の解説
デイヴ・マッキーン(英語版)のカバーアートはファインアートや現代デザインを取り入れた際立ったもので、シリーズの顔となった。作家スティーヴ・エリクソンは「信じられないほど不気味な、イドに苛まされた表紙」と評した。当時、コミックの表紙には必ず主人公キャラクターを描くのが通例だったが、マッキーンは編集のバーガーを説き伏せ、作品のテーマを題材とした表紙画を制作した。マッキーンは本作の思索的なストーリーに合わせて「少しシュルレアルで、物憂げで、内省的な」イメージを覗かせる窓枠として表紙を機能させようとしたと述べている。初期の号では、絵具で描かれた絵と、彫刻やオブジェを並べた棚をコラージュした写真が多く用いられた。1994年にマッキーンがMacintoshのコンピュータを導入してからはPhotoshopも使用され始めた。マッキーンは本シリーズで全号の表紙を制作し、スピンオフ誌『ドリーミング』でも続投した。1998年には本シリーズの表紙画集が Dustcovers: The Collected Sandman Covers のタイトルで刊行された。
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「タンジェント (バンド)」の記事における「カバーアート」の解説
バンドのカバーアートの多くは、アーティストのエド・ユニツキーが手がけた。エドは、タンジェントの5枚のアルバム・カバーを完成させている。 アルバム『ノット・アズ・グッド・アズ・ザ・ブック』(2008年)のカバー・アートワークは、フランスのアーティスト、アントワーヌ・エトリによって作成された。
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「シークレット・ワールド・ライヴ」の記事における「カバーアート」の解説
アルバムのカバーアートは、マイケル・コルソンが監督し、当時ガブリエルのために働いていたマーサ・ラドリー(元マーサ・アンド・ザ・マフィンズ)がコーディネートし、カバー画像はFab 4とダニー・ジェンキンスが担当した。1994年のグラミー賞では「最優秀レコード・スリーヴ・パッケージ・デザイン」にノミネートされている。ダニー・ジェンキンスは自身による写真について次のように述べている。「私は常に画像の作成に興味を持っていて、デジタル・モンタージュ用に1980年代のオフィスの残骸を写した膨大なコレクションを集めていたのです。[…]アルバムの核となる写真は、私のスタジオの裏庭でPentax K1000カメラを使用して撮影されました。[…]受信機は電話の山からランダムに選ばれ、それを持つ手は実際には私の長年のスタジオ・アシスタントであるベッキー・ジェメットのものです。電話と手が、ピーターのステージ上のバージョンに十分な説得力のある一致をみせてくれたことは、純粋な運とチャンスによるものでした」。
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「ニューヨーク52番街」の記事における「カバーアート」の解説
トランペットを持って壁に寄り掛かるビリーの姿を捉えたアルバムジャケットの写真は、タイトルの由来にもなったマンハッタン52丁目にあるスタジオ前の歩道で撮影された。写真家のジム・ホートンはすべての撮影をポラロイドカメラで行った。これはビリーが自然でスナップ的な写真をリクエストしたことに応えるためであった。そのビリーが手にしたトランペットは「ザンジバル」で演奏したフレディ・ハバードから借りたという噂も存在したが、実は全く無関係な代物でフィル・ラモーンが用意したコーン・コンステレーションだった。当時を回想してビリーは「フレディは何人たりとも決して自分のトランペットに触れさせなかったよ」と語った。なお長年このエピソードは明かされなかったため、2018年の40周年記念盤ライナーノーツには1978年当時の回想を元に、「ビリーが手に持っているのは、レコーディングに参加したフレディ・ハバードのトランペット」と未だに誤った情報が記載されている。
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カバーアート
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 06:58 UTC 版)
アルバムジャケットのカバーアートを担当したのは、当時新鋭のフォトグラファーだったマーカス・キーフ(本名:Keith Macmillan)。アルバムのセルフタイトル(黒い安息日)とバンドのスタイルを具現化したような、呪術的なイメージを表現している。 永らく詳細を語られることがなかったが、発売50周年を記念したインタビュー特集でキーフ本人がコメントを寄せた。撮影場所は、英オックスフォードシャー州南部メープルダーラム村の水車小屋付近。ジャケットに写っている被写体モデルの名はルイーザ・リヴィングストンという女性で、ルイーザ本人もコメントしている。「当初はヌード女性を被写体に、ドライアイスを使用してスモークを炊く際どいアイデアを想定していた。あまり上手くいかなかったので、マントを着せたまま逆にセクシーな要素をすべて排除し、不吉な前兆というイメージを作った」。ルイーザは「撮影が早朝からで、起床が朝4時だった。撮影中は凍える寒さだった。キーフはドライアイスでは上手くいかなかったようで、スモークマシンに切り替え慌ただしく動き回っていた」と秘話を明かしている。
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「初恋サイダー/DEEP MIND」の記事における「カバーアート」の解説
イベントVのカバーはエルヴィス・コステロのデビューアルバム『マイ・エイム・イズ・トゥルー』のジャケットに似ている。
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当初ジャケット・カバーの絵はトラフィックなどのジャケットも手がけるトニー・ライト(Tony Wright)による「神の手」が描かれていた。リリース直後の雑誌『ローリング・ストーン』誌によると発売直後、ディランはコロムビアにジャケットを差し替えるように要請したが却下されたとのこと。しかし、このことに関しては、このアルバムは最高位24位とディランのオリジナル・アルバムの中ではファースト・アルバム以来の売れ行きの悪さに危機感を持ったディランがプロモーションの強化を促す意図があったと受け止められていた。後にCD化の際にジャケットは裏表逆にされた。 インナースリーヴには、旧約聖書『エレミヤ書』31章31節の一文が記載されている。
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「神秘 (アルバム)」の記事における「カバー・アート」の解説
デザインはヒプノシス。種々の写真、イラストのコラージュとなっている。その一部として『ドクター・ストレンジ』のイラストが使われている。
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カバー・アート
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/23 19:08 UTC 版)
デザインはヒプノシスで、映画のスチール写真を使うことを決めて何度も写真を見直した結果、たまたまピントがぼけていたプロジェクターで映写したスライドを見て、「これだ!」とひらめいた。この写真は「木に登った男性が何かを取ろうとして手を伸ばしている」もので、葉っぱの隙間からのぞく光がピンボケのために丸く映り、幻想的な画像になっている。
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カバー・アート
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 02:29 UTC 版)
デザインはヒプノシスが担当。コンセプトは「サイケデリックではなく、ピンク・フロイド風でなく、でも、奇抜なもの」で、ヒプノシスのストーム・ソーガソンが友人の写真家に相談したら、「牛ではどうか?」と言われたので、ロンドン北部へドライブに行って、最初にあった牧場で写真を撮った。この牛は、アーサー・チョーク氏所有のルルベル3世。チョークはアルバムが大ヒットしたことを知り、ルルベルのギャラとして1,000ポンド(今のレートで130,000円)を要求したが、ピンク・フロイドのマネジャーに却下された。
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