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成漢
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/03 03:04 UTC 版)
成漢(せいかん、拼音:Chéng Hàn、304年 - 347年)は、中国の五胡十六国時代に氐族の一派である巴賨族(または巴氐とも呼ばれる)の李雄によって建てられた国。
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歴史
298年、李雄の父の李特(李慕の子)が天水など6郡の流民を率いて蜀に入った。李雄の代に四川を掌握して皇帝と称し、国号を成とした。
李雄は軍政両面に努め、その治世は比較的安定したので、混乱する華北を尻目に別天地のような繁栄を享受した。李雄の死後、皇位継承争いが起こり、国勢は急速に衰退した。
第3代皇帝・李寿の時に、国号を漢に改めた。しかし、この李寿による暴政で、成漢の衰退は決定的となった。李寿の死後、後を継いだ李勢も暴政を行なったため、347年に東晋の桓温の征討を受けて敗北。李勢は降り、成漢は滅んだ。
成漢の君主
- 武帝(李雄、在位304年 - 334年)「成」(または「成蜀」)の皇帝と称する。
- 哀帝(李班、在位334年)
- 廃帝(李期、在位334年 - 337年)
- 中宗昭文帝(李寿、在位338年 - 343年)
- 338年に国号を「成」から「漢」に改称した。
- 後主(李勢、在位343年 - 347年)