幕府の大砲試射場跡と時の鐘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/21 07:20 UTC 版)
「了源寺 (船橋市)」の記事における「幕府の大砲試射場跡と時の鐘」の解説
また、了源寺の境内にある鐘楼(現在は鐘楼堂がある)はもともと幕府が試写用の大砲を設置する為に築いた台座跡だった。享保年間(1716~36年)の幕府の砲術射撃は、ここから東方の野原に向けて試射を行っていたという。その後、砲台跡に船橋代官だった小宮山杢進の勧めで、鐘楼堂が建てられ、幕府から「時の鐘」の公許を受け、明治4年まで船橋一帯に時の鐘を知らせていた。
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