地中海で
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/11/04 18:03 UTC 版)
「アンコン (揚陸指揮艦)」の記事における「地中海で」の解説
11月8日、フランス保護領モロッコ(英語版)のモハメディア沖に到着し、朝5時33分にボートを降ろし始めた。最初の兵員はそれから約1時間後に下船した。上陸の最中、他の輸送船4隻が沈没したため、アンコンは救援のためボートを出した。11月12日出発し、3日後にカサブランカ港に入港。15日には船団と共に再びノーフォークへと航海した。少しそこに留まったあと、修理のためニューヨーク市ブルックリン区へと移動。短期間海上公試を受けてから、アルジェリアに輸送する兵員と貨物を積載した。1943年1月14日、海軍輸送部の一員としてオランに向かい、26日到着。5日間かけて荷揚げしてから2月13日にニューヨークへ戻った。同日、大西洋艦隊水陸両用部隊に配属される。16日、ヴァージニア州ポーツマスのノーフォーク海軍工廠に入り、揚陸指揮艦に改装。翌月26日、USS アンコン (AGC-4)となった。 4月21日に改装が終わると、5月丸々と6月上旬をチェサピーク湾での試験と訓練に費やした。6月8日、大西洋艦隊水陸両用部隊旗艦として、第85任務部隊と共にフランス領アルジェリアのオランへ向かう。第85任務部隊司令官アラン・グッドリッチ・カーク(英語版)海軍少将とオマール・ブラッドレー陸軍中将を乗せ、シチリア沖へ進出した。ハスキー作戦に参加し、10日にスコリッティ(英語版)沖の輸送船停泊域に到着し、同日早朝にボートを下ろした。12日は通信業務に当たり、その後北アフリカに帰投した。7月29日、アルジェリアのモスタガネムに移動。8月中旬にアルジェに移った。アルジェでは来るイタリア本土侵攻作戦の準備に取り組む。 9月6日、サレルノに向かう。作戦中、第5軍司令官のマーク・W・クラーク陸軍中将が本艦に乗艦していた。9月9日の午前3時30分、連合国軍上陸部隊の第一波が海岸に到達。パレルモへと姉妹艦に補給する弾薬を搭載しに向かうまで、ほとんど継続的な敵航空攻撃に悩まされながらも停泊域に留まった。15日に停泊域に戻ったが、その翌日にはパレルモに再び向かった。
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