吉岡鉱山とは? わかりやすく解説

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吉岡鉱山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/17 02:49 UTC 版)

吉岡鉱山(よしおかこうざん、吉岡銅山(よしおかどうざん)、吹屋鉱山(ふきやこうざん)、吹屋銅山(ふきやどうざん)とも)は、岡山県川上郡成羽町吹屋(現:高梁市成羽町)に存在した鉱山。主にを産した。1972年(昭和47年)閉山[1]。本坑は、高梁市成羽町坂本に所在した坂本抗であり、この他にも複数の支山を持っていた[2]。過去には、石塔鉱山(せきとうこうざん)、関東鉱山(せきとうこうざん)と称された時代もあった[3]


  1. ^ 明治時代以降の住友財閥の源流である。
  2. ^ 後に三菱合資会社となり、その後には鉱山部門が独立して三菱鉱業株式会社(現:三菱マテリアル株式会社)となった。
  3. ^ かつては、吉岡鉱山を経営する三菱合資会社が所有していたが、開発に失敗。買収からわずか4年で経営を断念し、1891年(明治24年)に岡山市坂本金弥に売却[8]。売却後、坂本の主導で開発・経営に成功し、大きく規模を拡大していた。
  4. ^ ただし、帯江鉱山の栄華は長続きすることは無く、1910年代に入ると採算性が大きく悪化[9]。坂本から藤田組へと経営権が移った後、1919年(大正8年)には操業を停止。その後本格的に再開される事無く閉山している。
  5. ^ 1932年(昭和7年)ともされる[1]
  6. ^ ちなみに、1916年(大正5年)にピークを迎えた銅価格は、第一次世界大戦が終息に向かうにつれて暴落し、1919年(大正8年)には、ピーク時の半値にまで落ちている[11]
  7. ^ 神社自体は廃されており、御神体は高草八幡神社へと遷された。
  1. ^ a b c d e f g h i j 吹矢|西国一の銅山、吹屋よいとこ金掘るところ”. JR西日本. 2021年8月13日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k 笹畝坑道”. 高梁市観光協会. 2021年8月13日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k 小西伸彦 (2009). 吉岡銅山資料の展示と公開に関わる史料の記録と遺構の調査 (PDF) (Report). 吉備国際大学. 2021年8月13日閲覧
  4. ^ 国内屈指の銅(あかがね)の生産地”. 高梁市. 2021年8月13日閲覧。
  5. ^ 【吉岡鉱山(吹屋鉱山)について】”. Digital Okayama Encyclopedia. 2021年8月13日閲覧。
  6. ^ 金属事業”. 三菱マテリアル. 2021年8月13日閲覧。
  7. ^ a b c ストーリーの構成文化財”. 高梁市. 2021年8月13日閲覧。
  8. ^ 赤井克己『瀬戸内の経済人: 人と企業の歴史に学ぶ24話』吉備人出版、2007年、73頁。ISBN 978-4-860-69-178-3 
  9. ^ 赤井克己『瀬戸内の経済人: 人と企業の歴史に学ぶ24話』吉備人出版、2007年、80頁。ISBN 978-4-860-69-178-3 
  10. ^ 赤井克己『瀬戸内の経済人: 人と企業の歴史に学ぶ24話』吉備人出版、2007年、74頁。ISBN 978-4-860-69-178-3 
  11. ^ 佐藤英達『藤田組のメタル・ビジネス』三恵社、2007年、102頁。ISBN 978-4-88361-548-3 


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