他の伝承と典拠
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/21 16:53 UTC 版)
アイスランド修道院長スヴェラのニコラウスは、ヴェストファーレンを旅行中、パーダーボルンの南にある2つの村の間で、ジークフリートが竜を屠ったといわれる地(北欧の伝承でいうグニタヘイズ)を見かけたと記録している。 13世紀中頃の流浪の吟遊詩人デル・マーナーの作品「ジークフリートの死」は、「ニーベルングの秘宝」と並んで、ドイツの宮廷で人気を博していたと言われている。 ヴォルムス市の年代記によると、1488年に皇帝フリードリヒ3世が街を訪れた際、聖マインハルト聖セシリア教会の墓地に「巨人ジークフリート」が埋葬されているという人々の話を聞いたという。フリードリヒは墓を掘り返すように命じた。あるラテン語の資料には、彼は何も発見できなかったとあるが、ドイツ語の年代記には、普通より少し大きい人骨が出てきたとある。
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