ヴィッテンベルクの『最後の晩餐』
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「最後の晩餐 (クラナッハ)」の記事における「ヴィッテンベルクの『最後の晩餐』」の解説
マルティン・ルターの本拠地だったヴィッテンベルクの主教会 (Stadtkirche Lutherstadt Wittenberg) の祭壇画には、中央のパネルに伝統的な形で描かれた「最後の晩餐」が描かれているが、画面の右下で注がれたワインを受けとろうとしている使徒はルターの姿を写したものであり、ワインを給仕する人物は、父子いずれかのクラナッハである。この祭壇画が設置された1547年の時点では、ルターは既に死去していた。別のパネルでは、福音主義神学者フィリップ・メランヒトンや、この教会の主任牧師であったヨハネス・ブーゲンハーゲン(ドイツ語版)が、聖書の場面ではないところで描き込まれている。パネルに描かれた他の人物たちも、おそらくは町の有力者たちの姿を写したものと思われるが、今日では人物の同定は不可能である。 『最後の晩餐』 作者ルーカス・クラナッハ (子) 製作年1565年 所蔵聖ヨハンニス教会、デッサウ
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