ココダ道の戦いとは? わかりやすく解説

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ポートモレスビー作戦

(ココダ道の戦い から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/26 01:05 UTC 版)

ポートモレスビー作戦(ポートモレスビーさくせん)は、第二次世界大戦中のニューギニア戦線において、日本軍連合国軍とがポートモレスビーの支配を巡って行った戦闘。当時はスタンレー作戦と呼ばれ、連合軍側の名称を和訳して、前半をココダ道の戦い (Kokoda Track campaign)、後半をブナとゴナの戦い (Battle of Buna-Gona)とも呼ぶ。


注釈

  1. ^ 堀井少将は第17軍に対して、補給は困難であり、ブナから自動車道が推進されぬ限り陸路進攻は不可能であろう、と報告したにもかかわらず出された攻略命令であり、補給を考えるのは現実的ではないので、携行食料だけで進軍する方法を採った。
  2. ^ 補給ができないのと同様、傷病者の後送もできないので前送していた。
  3. ^ 連隊副官蜂須賀忠大尉は、オイビ南に位置する高地の陣地を、「オイビの線」と表記。
  4. ^ 公刊戦史叢書「南太平洋陸軍作戦」と小岩井 光夫著「ニューギニア戦記」は所々に食い違いがあるが、食い違いは小岩井少佐の戦記に限ったことではない。例えば、堀井少将の亡くなった際の状況についても、実際にはただ一人生き残った従卒からの伝聞に過ぎず、こういった状況のなかではいたしかた無いことである。

出典

  1. ^ 戦史叢書 14 p.180、p.191
  2. ^ ココダ 遙かなる戦いの道 p.109
  3. ^ #戦史叢書南東方面海軍作戦(1)395頁
  4. ^ Anderson 2014, pp. 18–19.
  5. ^ 戦史叢書 14 p.188
  6. ^ 御田重宝著『東部ニューギニア戦』122頁および防衛庁公刊戦史
  7. ^ 戦史叢書 14 p.340
  8. ^ 戦史叢書 14 p.356
  9. ^ 御田重宝著『東部ニューギニア戦』131頁
  10. ^ 御田重宝 進攻篇 172頁
  11. ^ ココダ 遙かなる戦いの道 p.382
  12. ^ ココダ 遙かなる戦いの道 p.384
  13. ^ a b ココダ 遙かなる戦いの道 p.340
  14. ^ 戦史叢書 28 p.244
  15. ^ #戦史叢書83ガ島戦419頁
  16. ^ a b #叢書83ガ島戦426-427頁『混成第二十一旅団第一次輸送』
  17. ^ #S1709十八戦隊日誌(7)pp.11-13『RA陸軍第二次輸送 乙護衛隊〔指揮官8dg司令 兵力8dg(満潮欠)磯波電〕』
  18. ^ a b c d #戦史叢書83ガ島戦428-429頁『混成第二十一旅団第三次輸送』
  19. ^ #電詳報其弍(1)1712p.7『〇八二五|主砲発戰発砲機銃打方始ム朝潮艦尾爆撃ヲ受ク(四個) 風-夕-磯 朝-荒-電』
  20. ^ #S1709十八戦隊日誌(7)pp.13-15『二.RA陸軍第三次輸送(略)10dg(秋雲巻雲欠)8dg(満潮欠)磯波電ハ陸軍山縣兵団第二次進出隊約一〇〇〇名及第十八軍幕僚ノ一部ヲ分乗尚揚陸舟艇及急速荷役ノ見地ヨリ糧食ハ「ドラム」罐入トシテ搭載10dg司令指揮下ニ八日〇八四三〇RR出撃開距離併陣列速力十八節(磯波電航続力ノ関係上此レ以上ノ速力使用ハ困難ナリキ)ニテ南下中〇八一五地點「ケケチ11」ニ於テ敵B-24一ヲ発見朝潮ハ其ノ外観行動共ニ味方機ナルヤノ疑アリテ増速及警戒配備下令ニ分秒ノ遅滞アリタル所敵機高度約二〇〇〇米ニテ直進攻撃シ来レル爲回避反撃充分ナラズ別項ノ被害ヲ受ケタルモ機関ニ異状ナカリシヲ以テ豫定通進撃続行』
  21. ^ #S1709八艦隊日誌(3)p.36『12.8|朝潮|中破|被爆』
  22. ^ #高松宮日記5巻293頁
  23. ^ #電詳報其弍(2)1712p.79『荒潮十二月十四日一三一八(宛略)一一四〇「IRR」島?ニ於テ敵機ト交戦中至近弾ニ依リ被害左ノ通 戦死者一命重傷四軽傷二 二一〇〇頃「RR」着ノ予定入港後重傷者直ニ送院方御手配ヲ乞フ』
  24. ^ ココダ 遙かなる戦いの道 p.420
  25. ^ 『「安田陸戦隊司令」伝』 p.484
  26. ^ 米軍が記録したニューギニアの戦い p.36
  27. ^ 『「安田陸戦隊司令」伝』 p.486
  28. ^
    「これより我が方の戦死傷者は急速的に増加せしも、後方に砲弾盛に落下するに及び後送すること能わず、仮包帯のまま倒るるまで銃を執る状態なり。乾パン既に尽き、生水を飲み、生米を囓りつつ戦闘を続く」
    「山本部隊の主力には、マラリア或は胃腸病にかかれる者多く、小康を得ありし者も、連日の不眠と糧食の不十分と、更に連夜来襲ある猛烈なスコールに依る湿気等に依り、病気再発する者続出せり」
    「ああ、敵弾に倒れる前に勇士達の多くは病魔のためにあたら戦闘力を失ったのである。『弾丸(たま)に死んでも病に死ぬな』を武人の本懐とする皇軍の勇士達である。その心中は察するだに腸(はらわた)の千切れるものがあるではないか」
    「上陸以来、四箇月、前人未踏のジャングル戦に辛酸労苦の限りを嘗めつくしたわが将兵は、悪性マラリヤと糧食補給難によって体力の消耗憔悴は極限に達していた。数日間の絶食は希ではなかった」
    『陸軍報道班員手記 ニューギニア血戦記』(1943年出版)より引用





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