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ウルトラマン80
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/15 23:29 UTC 版)
『ウルトラマン80』(-エイティ)は1980年(昭和55年)4月2日から1981年(昭和56年)3月25日までTBS系で毎週水曜日の19:00 - 19:30(JST)に全50話が放送された、円谷プロダクション製作の特撮テレビ番組、あるいはその劇中に登場するヒーローの名。第3期ウルトラシリーズの2作目にあたる。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
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- ^ 東京都保谷市(現西東京市)の市立青嵐中学校でロケが行われた。
- ^ UGM本部は、当時、東京都八王子市に移転したばかりだった東京薬科大学薬学部八王子キャンパスで行なわれた。基地研究部は同大学の生協地下環境衛生センターで、女子隊員の会話は八王子市山田にある同学女子寮で撮影された。
- ^ 放送開始直後の児童誌には「怪獣は人間のマイナスエネルギーを吸収し、以前の怪獣よりも能力が4倍パワーアップしている」との記述が見られた。
- ^ 辰巳出版の『君はウルトラマン80を愛しているか』における、田口成光へのインタビューより。
- ^ 『ウルトラマンメビウス』第41話「思い出の先生」において80が客演した際、「次々と出現する怪獣に立ち向かうため、教師であることを捨てねばならなかった」と自ら語っている。
- ^ 『ウルトラQ』をはじめ、ほかのウルトラ作品でもしばしば使用された形式。
- ^ ウルトラシリーズ初の女性ウルトラマンであるウルトラの母は、女性戦士として描かれていない。
- ^ この「ウルトラ兄弟を目指して成長するルーキー戦士」のコンセプトは2006年の『ウルトラマンメビウス』に継承されている。
- ^ ウルトラマンは過去の映像の流用で登場。
- ^ 『80』終了後、2005年制作の『ウルトラマンマックス』までのウルトラシリーズは、基本的に過去の作品とは異なる物語として制作され、劇中で過去の怪獣やウルトラ兄弟のことが語られることはほとんどなかった。
- ^ このアイディアは、趣向は違うが最終回で採り入れられている。
- ^ 長谷川初範はのちのインタビューで「ウルトラ兄弟には入っていないと思う。そういうエリート集団に入らない生き方もいいのではないか」という旨のコメントをしている。
- ^ 「ウルトラマン80"奇跡の"ファン感謝祭!」イベントレポートウルトラチャンネル 2010年11月7日
- ^ 神奈川県に厚木海軍飛行場が実在し、広大な滑走路を持つ軍事基地というイメージは共通しているが、大和市と綾瀬市にまたがって建設されており、厚木市からは離れている。
- ^ 25話の劇中台詞にて言及。実際は、出演者曰く「夏は風通しが悪いので暑いし、冬は生地が薄いので寒かった」とのこと。
- ^ 近年商業誌でF/A-18ホーネットではなく、YF-17コブラが機体ベースと書かれたがこれは同人誌記載の記事を転載した誤り。主翼前縁、着陸脚がコブラと異なる。ミニチュアはハセガワの1/32プラモデルの改造。コブラは模型化されていない。本によってはF-16を改造と記載した誤りもある。
- ^ この回から、タイトルロゴの「ウルトラマン80」の文字が赤く着色されている。
- ^ この回よりオープニングバックの光彩を変更。
- ^ 『ヒーロー雑学もの知り大百科』(ケイブンシャ、1982年)によると、放送日が原爆忌と重なったため、核兵器、核爆弾の台詞6か所を全てカットしシネテープで急遽差し替えられ放送された。
- ^ のちに日本テレビ系の『スポーツMAX』の1コーナー「野球防衛軍」のテーマ曲にも流用された(2002年)。
- ^ 『別冊てれびくん(9)・ウルトラマン80』によれば、80とゴラの格闘シーンを撮影中に、奈良が脚の肉離れを起こして撮影が中断、急遽福田が代役として呼ばれたとのこと。
- ^ 二見文庫「ウルトラマン99の謎 - 懐かしのヒーロー」1993年9月発売
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