アバハイとは? わかりやすく解説

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アバハイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/19 02:05 UTC 版)

アバハイ満洲語ᠠᠪᠠᡥᠠᡳ、転写:abahai、漢字表記:阿巴亥、1590年-1626年10月1日)は、女真満洲人)の正白旗中国語版に属するウラナラ氏(Ula nara hara)出身で後金の太祖ヌルハチ1559年 - 1626年)の配偶者。孝烈武皇后(こうれつぶこうごう)。


注釈

  1. ^ 当時、満洲貴族は一夫多妻制(蓄妾制)であり、親王や郡王の妻は一律に福晋中国語版と呼ばれた。
  2. ^ 葉赫那拉氏出身
  3. ^ 清史稿』の記述による。後世の編纂による『愛新覚羅宗譜中国語版星源集慶』も同様の見解である。
  4. ^ ヌルハチの次男、代善
  5. ^ 女真族のあいだでは、殉死の風習が広く行われ、ヌルハチの妻の死去の際には4名の奴婢が、ヌルハチ自身の死去の際にもアバタイと2人の側室が殉死した[2]。ホンタイジは殉死の強制を禁止したが、禁止されたのは強制行為のみであって殉死そのものは否定されず、彼の死去の際には近侍2名が殉死した[2]康熙帝が在位中に殉死の禁止を諭す命令を発し、以降は紙人を焼くことで死者の霊魂を祭ることとなった[2]
  6. ^ 当時の4大ベイレはダイシャン、アミン中国語版マングルタイ中国語版、ホンタイジの4人であった。
  7. ^ 『太祖武皇帝実録』収載のアバハイ殉死記事に酷似した記録があり、これを以てアバハイの殉死が周囲から強制されたものであったことを補強、『絶域紀略』の殉死にまつわる記録が女に対するものであることを考慮すると、まるでアバハイのものであるかのようにみられ、アバハイをそこに看取することができる[1]。女真の人びとにとって、感謝の気持ちの対象となったのである[1]

出典

  1. ^ a b c d e f g 増井寛也「ヌルハチ大妃ウラ=ナラ氏〈殉死〉考略」『立命館東洋史學』第37、立命館東洋史學會、2014年7月、doi:10.34382/00006205ISSN 1345-10732022年9月25日閲覧 
  2. ^ a b c 李鴻彬・劉小萌(1996)pp.175-180


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