鉄の処女 鉄の処女は実在したか

鉄の処女

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/23 01:41 UTC 版)

鉄の処女は実在したか

「中世の拷問具」として博物館にも展示されている鉄の処女であるが、実際に中世にこのような拷問具があったかどうかに関しては、存在を記述したものが19世紀のロマン小説や、風聞に基づくものばかりで、公的な資料や記録が皆無な為、その実在を疑う研究者も多い。

実在説の論証とされる、欧州各地で展示されている実物も、ほとんどが19世紀半ば以降の再現品である。ニュルンベルクの鉄の処女も、19世紀に作られたオリジナルは空襲で焼失している。現存する鉄の処女はすべて18世紀末以後に作られたものであり、伝説で語られている中世のオリジナルは存在していないのである[1]

各地の鉄の処女の原型は、オーストリアの「ファイストリッツ城ドイツ語版」にあるものと、1857年にニュルンベルクで作られたものの2種に分けられる。

「恥辱の樽」のひとつ。
18世紀ラーヴェンスブルクの「恥辱のマント」。
向かって右には「酔っ払いと喧嘩者」、正面上側には「ののしる者」「ばくち打ち」・下側には「密漁者」、左には「ハーブと根菜の盗人」とある

中世から近世にかけてヨーロッパで行われた「恥辱の刑」と呼ばれる、晒し刑に用いられる懲罰具(拷問処刑具ではない)として、「処女のマントドイツ語版」、また「恥辱の樽」と呼ばれたものがあったが、これは当時の刑罰の資料によれば、受刑者は樽から頭と足だけを出して市内の広場に立たされる、というものである。

ビーレフェルト大学ドイツ語版ヴォルフガング・シルトドイツ語版教授は、鉄の処女はこの恥辱の樽の内側に、19世紀になってから鉄の針を付け、頭の部分を覆うよう改造されたものであるとしていて、以下のように、欧州各地の鉄の処女を調査・検分し、すべてがニセモノだと断定している。

ファイストリッツ城にある鉄の処女は、城主ディートリッヒ男爵がフランス革命時にニュルンベルクから購入し修復改造したもので、男爵がオーストリアで上記の恥辱の樽に、17世紀にヴェネツィアで流行したマリア像の頭部と、内部の棘を付けたものとされる。

ニュルンベルクにあったという鉄の処女は、1857年に当地の銅版彫刻師のG・F・ゴイダーが、ファイストリッツ城にあったものを手本に、ヴィルトという錠前屋に作らせた何体かのうちのひとつである。1944年に連合軍の爆撃で焼失した。多数作られたゴイダーの再現品は見世物として珍重され、欧州各地に売られていった。

ローテンブルクの中世犯罪博物館の鉄の処女は、釘を外して展示しており、これは釘の存在が製造当初からのものであるか、後の改造によるものであるか、断定できないためと説明されている。これも構造的に恥辱の樽の改造品であり、ゴイダーが何体か作らせたもののひとつで、1889年にロンドンの美術商がこれを買い、1968年のオークションで中世犯罪博物館が競り落としたものである。

イタリアの拷問博物館 (Museo della tortura) の「ニュルンベルクの処女 (La Vergine di Norimberga)」も、ゴイダーの作らせたもののひとつである。

ウィーンの拷問博物館の鉄の処女は、本体部分も鉄製で、人形の頭部は固定され、円筒形の胴体の部分のみが左右に開いて罪人を入れるようになっているが、シルト教授はこれもおそらく後世の模造品であるとしている。

日本では明治大学博物館(刑事部門)に鉄の処女の複製品が展示・収蔵されている。これは本体も鉄製となっていて、生存空間がほとんどないタイプである。あくまで複製品であって中世のオリジナル品ではない。

シルト教授は以上の調査の結果、鉄の処女は恥辱の樽を元に作られたものであり、「鉄の処女伝説は根拠のないフィクションである」と結論付けている。

また、「キリスト教徒である拷問執行者らが、彼らの崇拝対象である聖母マリアを拷問道具の意匠に用いること自体がそもそもあり得ない」との議論も強い[2]


  1. ^ ヴォルフガング・シルト著『鉄の処女、詩と真実 (Die eiserne Jungfrau. Dichtung und Wahrheit)』(2000年、ローテンブルク犯罪博物館叢書第三巻)
  2. ^ 浜本隆志『拷問と処刑の西洋史』新潮社〈新潮選書〉、2007年。ISBN 978-4106035951 


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