血縁選択説 血縁識別

血縁選択説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/08 08:21 UTC 版)

血縁識別

血縁のある個体とない個体が入り混じった状況で、血縁個体のみに利他行動を向けるには、血縁個体を識別する必要がある。このため、多くの動物が血縁関係を認識する能力を持つ。アリやハチでは、体表の化学物質組成がコロニーによって異なり、これによって同じコロニー出身の血縁者を認識している[34]ベルディングジリスは、幼い頃に同居していた個体を血縁者として認識する[35]。一方で、血縁選択のためには血縁識別が不可欠というわけではなく、アブラムシのように、血縁者を識別しないとされる動物もいる。これは、血縁者以外と出会う可能性がごく少ない場合には、識別の能力が必要ないためと考えられる[34]

緑髭効果

通常の血縁選択では、利他行動に関わる遺伝子を共有する確率の高い個体に対して利他行動をするように進化が起こると考えられる。しかし、もし利他行動の遺伝子を確実に共有する個体に対してだけ利他行動を行うことができれば、そのような遺伝子は容易に(b>cならば)自然選択において頻度を増すだろう。たとえば、もしある遺伝子が「緑の髭を生やす」効果と、「緑髭の個体に対して利他行動を行う」効果を同時に持てば、利他行動は確実に遺伝子を共有する個体に向けられる。このことを緑髭効果と呼び[36][37][28]、広義には、これも血縁選択に含めることができる[1][36]。同一の遺伝子が偶然このような2つの効果を持つというのは考えにくかったため、当初は緑髭効果は架空のものと思われていた[36]。しかし利他行動の遺伝的基盤の研究から、実例が見つかってきている。

利己的な遺伝子

血縁選択は、個体レベルの自然選択では説明できない特殊な現象を説明するときに持ち出される特殊な理論だとされることがあるが、進化の背景にある遺伝子の頻度変化を考えることから直接に導かれるものである[7]。子育ては個体レベルでの自然選択によって進化したものと従来から認められていた。しかし、なぜ子育てが進化する(子育てに関与する遺伝子が頻度を増す)かを考えれば、血縁度0.5の個体に対する利他行動となんら変わるところがない[7][38]

ドーキンスは「利己的な遺伝子」という表現でこの点を強調した[39]。この考えを推し進めると、究極的には遺伝子のような自己複製子こそが自然選択の単位とみなされるべきであり、個体はその乗り物(ヴィークル)であるという遺伝子選択説に結びつく。


  1. ^ a b c d West et al. (2007)
  2. ^ a b 『新版 動物の社会』pp.3-5
  3. ^ 『性選択と利他行動』pp.380-385
  4. ^ a b c 『行動・生態の進化』pp.62-67
  5. ^ a b c d 『行動・生態の進化』pp. 64-67(コラム2)
  6. ^ 『利己的な遺伝子』pp. 448-449(補注6-2)
  7. ^ a b c d Dawkins (1979) この論文の抄訳が『延長された表現型』日本語訳の訳者補注に収録されている。
  8. ^ 『行動・生態の進化』pp. 69-71(コラム3)
  9. ^ 『行動・生態の進化』pp.82-83
  10. ^ 『生物の社会進化』pp.224-225
  11. ^ a b 『生物の社会進化』pp.223-224
  12. ^ 『動物の行動と生態』pp.79-81
  13. ^ 『生物の社会進化』pp.132-137
  14. ^ 『行動・生態の進化』pp.81-82
  15. ^ 『進化と人間行動』p.88
  16. ^ 『兵隊を持ったアブラムシ』第5章
  17. ^ a b 『進化と人間行動』pp.95-96
  18. ^ a b c 『行動・生態の進化』pp.88-90
  19. ^ 『進化と人間行動』p.98
  20. ^ 『シンデレラがいじめられるほんとうの理由』pp.49-54
  21. ^ 『シンデレラがいじめられるほんとうの理由』第5章
  22. ^ a b c d 『行動・生態の進化』pp.94-96
  23. ^ ただし、個体群全体の性比が1:3となると、雌の相対的な繁殖成功は下がり、血縁度の高さを打ち消してしまう(West & Gardner 2010)。社会性進化の初期においては、女王以外が雄を多く産むことで性比が保たれていた可能性がある(『生物の適応戦略』第6章)。
  24. ^ 『親子関係の進化生態学』p.25
  25. ^ 『親子関係の進化生態学』pp.20-22
  26. ^ 『行動・生態の進化』pp.98-102
  27. ^ a b c 『行動・生態の進化』pp.103-107
  28. ^ a b West & Gardner(2010)
  29. ^ 『生物の社会進化』pp.217-220
  30. ^ a b 『行動・生態の進化』pp.83-85
  31. ^ 『利己的な遺伝子』pp.449-451(補注6-3)
  32. ^ 『兵隊を持ったアブラムシ』
  33. ^ 『無脊椎動物の多様性と系統』p.223
  34. ^ a b 『行動・生態の進化』pp.85-88
  35. ^ 『進化と人間行動』pp.90-91
  36. ^ a b c 『行動・生態の進化』pp.72-73
  37. ^ 『利己的な遺伝子』p.130
  38. ^ 『利己的な遺伝子』pp.155-157
  39. ^ 『利己的な遺伝子』
  40. ^ 『延長された表現型』pp.348-349


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