母子像 (小説)
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制作背景
本作は、当初100枚程書いたが、作者が、100枚程を簡潔に読者に差し出すことで、少しでも物語の異常さを読者に気づかせるために、20枚程に削り詰めた。[5]
第二回世界短篇小説コンクールに応募した本作の英訳は、英文学者の吉田健一によるものである。[6]
本作は、あらかじめ外国語で読まれることを計算し抜いて書かれており、そのため、第二回世界短篇小説コンクールで入賞したと言われる。[7]
作者久生十蘭の妻久生幸子は、作者が最も愛した自身の作品は「母子像」「予言」のふたつであると述べる。[8]
社会的評価
本作は、ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙主催の第二回世界短篇小説コンクールにおいて、第一席に入選し、賞金一千ドルを獲得した久生十蘭の代表作の一つである。[2]
1955年7月17日朝刊の読売新聞は、「日本文学の海外進出も、いずれも日本的な異国情緒を売りものにしたものだが、この母子像はそういうレッテルをつけず本格的小説で堂々デビューした。」と言う。[9]
中井英夫は、本作が世界短篇小説コンクールで第一席に入選したのは、「あらかじめ外国で読まれることを計算しぬいた筋立てと運びと、いっさい感傷をさし挟まぬ淡々とした叙述の中に、実の子の首を苔色になるまで締めあげる母親の悪女ぶり、その美しさに手も足も出なくなった思春期の少年心理を鏤めたさりげなさが、洗われた星のように輝いて見えたから」であると述べる。[7]
鈴木貞美は、「戦時下に息子を絞め殺そうとし、敗戦後にアメリカ軍人に身を売るあの母親を『アレゴリーとしての女』」であると位置付けた。[10]また、鈴木は、「太宰治、石川淳、豊島与志雄らの「寓意敗戦小説群」の末端に連なる『母子像』は『戦後の終焉』が口にされ始めた時期の日本に投げられた『寓意の爆弾』でもあったと述べる。[10]
尾崎秀樹は、本作は、「戦争の惨禍の生んだ悲劇」を主題としたものであり、現在と過去を重ねながら少年の行為と心理を追った構成で、既成の小説概念を超えるものであったと述べる。[11]
江口雄輔は、本作は、「エディプス・コンプレックスと戦争の悲劇を縒り合わせ、カット・バック的な後世の巧みさを発揮して、世界的な支持につながる普遍性を備えた」作品だと述べる。[12]
福永武彦は、「最初の警察の調べ室での取り調べで出てきた歪みというものがあとから一つ一つ打ち消されていくところがうまい」と称賛する一方で、「枚数も短いし、うまい小説コンクールというものはこういうふうに書かなければならないのだろうが、ひっくり返し方があまりにもトントン拍子で、味もそっけない」と非難もしている。[4]
加藤周一は、「一つ一つの具体的に出てくる話が巧みであって、うまくひっくり返していって機械的な感じがする。そしてつくりものだという感じがあまり表に出すぎる。母親と息子との関係も思いつきみたいなところがある、現実感がない」と批判的な意見を述べている。[4]
橋本治は、本作の最後の4つの文を、ある程度の状況描写を補足すれば、ある程度のものは見えて来ると指摘して読者の感受性の問題であるとし、それが分からない人間に、久生十蘭という人物は無縁であると述べる。[13]
脚注
- ^ 林淑丹「『抵抗のかたちーー 』久生十蘭『 母子像 』」『台大日本語文研究』第37号、2019年6月、22-24ページ
- ^ a b c 須田千里「『母子像』の内と外ー久生十蘭論Ⅱー」、1993年、89-96ページ
- ^ a b c d e “久生十蘭の異稿、発見 英文学者・吉田健一の遺品から”. 朝日新聞: p. 31. (2018年1月20日)
- ^ a b c d e 佐藤亜紀子「世界短編小説コンクール」の周辺ー戦後における文学交流ー」『日本大学大学院文学研究科国文学専攻』、2012年、41-42ページ
- ^ 中井英夫「解説」『久生十蘭全集Ⅲ』三一書房、1970年2月28日
- ^ 朝日新聞「久生十蘭の異稿、発見 英文学者・吉田健一の遺品から」2018年、31面
- ^ a b 中井英夫「あとがき」『肌色の月』中公文庫、1975年、182ページ
- ^ 久生幸子「あとがき」『肌色の月』中公文庫、1975年、176ページ
- ^ 読売新聞「[緑陰アルバム]=14 世界短編小説賞コンクール第1席 久生十蘭氏(連載」、1955年、朝刊14版
- ^ a b 久生十蘭「叢書『新青年』久生十蘭」、博文館新社、1992年
- ^ 尾崎秀樹「林不忘『丹下左膳』」『日本文学の百年 もうひとつの海流』、1999年11月、東京新聞出版局
- ^ 江口雄輔「久生十蘭主要作品巡覧」『ユリイカ』1989年6月、261ページ
- ^ 橋本治「凪の海」『日本幻想文学集成12 海難記』、1992年3月、国書刊行会
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