改元
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/18 02:05 UTC 版)
注釈
- ^ 『扶桑略記』や『帝王編年記』では「踰月改元」(7月)、『元亨釈書』では「立年改元」(正月:7月に布告)、『国史大辞典』(吉川弘文館、1908年)や土橋の論文(2010年)では「即日改元」(6月19日)となっている。さらにそもそも「大化」という元号自体が同時代に使われていないとする藪田嘉一郎・佐藤宗諄(造作説)や田中卓・新川登亀男(追号説)の説がある[2]。
- ^ ただし日本も南北東西に長く、特に北海道と沖縄県を編入した明治初期以降はますます日時較差は開くことになる。交通の不便な離島は数か月以上遅延したこともあった。
出典
- ^ a b c 七戸(2017)
- ^ 河内春人「年号制の成立と古代天皇制」『駿台史學』第156号、明治大学史学地理学会、2016年2月29日、1-23頁、NAID 40020759469。
- ^ 勝俣鎮夫「戦国時代東国の地域年号について」『戦国時代論』(岩波書店、1996年)
- ^ 丸島和洋「岩松持国の改元認識」(初出:『戦国史研究』58号(2009年)/所収:黒田基樹 編著『シリーズ・中世関東武士の研究 第一五巻 上野岩松氏』(戒光祥出版、2015年)ISBN 978-4-86403-164-6)
- ^ 久保貴子「朝廷の再生と朝幕関係」『近世の朝廷運営』岩田書院、1998年 P241-242.
- ^ 久保貴子「朝廷の再生と朝幕関係」『近世の朝廷運営』岩田書院、1998年 P61-66・236-240.
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