ミラード・フィルモア 生い立ち

ミラード・フィルモア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/15 00:28 UTC 版)

生い立ち

フィルモアはカユーガ郡モラヴィアの丸太小屋で[注釈 1]、ナサニエル・フィルモアとフィービー・ミラードの間に9人兄弟の2番目、長男として生まれた[2]。一家は農家で極貧だったため、正規の教育を受けることができず、青年期になるまでまともな読み書きができなかったと言われている。彼はその後バッファロー南方のイーストオーロラに移り住む[3]。フィルモアは後年ユニテリアン主義となったものの[4] 、父方の祖先はスコットランドの長老派教会を信仰し、母方はイギリスの非国教徒であった。父親はフィルモアが14歳のときに、スパータの布メーカーに取引を学ばせるため彼を徒弟にやった。彼は4か月でその奉公先を離れたが、ニューホープで同様のメーカーに徒弟として入った。フィルモアは辺境地に住んでいたため正規の教育を受けられなかったが、1819年に6か月間、ニューホープ・アカデミーで学んだ。その年の後半に彼はモントビルのウォルター・ウッド判事の下で事務員として働き始める。彼はそこで法律を学んだ。

フィルモアはニューホープ・アカデミーで出会ったアビゲイル・パワーズと恋に落ち、1826年2月5日に結婚した"[5]。夫妻の間には2人の子供、ミラード・パワーズ・フィルモアとメアリー・アビゲイル・フィルモアがいた。フィルモアはウッドの元を去ってバッファローに移り住み、アサ・ライスとジョゼフ・クラリーの法律事務所で法律の勉強を続けた。1823年に法曹界入りし、イーストオーロラで法律業務を始める。1825年には新居を建築する。1834年にはネイサン・ケルシー・ホールと共に共同法律事務所を開設した[6]。同事務所は西ニューヨークにおける名門となり[7]、現在もホジソン・ラスLLPとして存続している。

1846年にフィルモアは私立のバッファロー大学を設立した。同大は現在のニューヨーク州立大学バッファロー校である。

フィルモアの兵役は限定的なものであった。彼は1846年の米墨戦争の間、ニューヨーク民兵として勤務した。


注釈

  1. ^ オリジナルの丸太小屋は1852年に壊されたが、同様のキャビンからの材料を使用して1965年にミラード・フィルモアメモリアル協会がモラヴィアにレプリカを建設した。現在フィルモア・グレン州立公園の一部として公開されている。"Millard Fillmore Log Cabin" American Presidents Life Portraits

出典

  1. ^ 合衆国書翰和解(標準画像 2-37) | 史料にみる日本の近代”. 2022年11月9日閲覧。
  2. ^ "Millard Fillmore". Encarta Encyclopedia. 2009年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。
  3. ^ Smyczynski, Christine A. (2005). “Southern Erie County - "The Southtowns"”. Western New York: From Niagara Falls and Southern Ontario to the Western Edge of the Finger Lakes. The Countryman Press. p. 136 
  4. ^ Deacon, F. Jay (1999). "Transcendentalists, Abolitionism, and the Unitarian Association". UUA Collegium Lectures. Chicago. 2006年12月28日閲覧
  5. ^ Facts on Millard Fillmore
  6. ^ Fillmore, Millard; Severance, Frank H. (1907). Millard Fillmore Papers. Buffalo Historical Society 
  7. ^ Paletta, Lu Ann; Worth, Fred L (1988). The World Almanac of Presidential Facts. World Almanac Books. ISBN 0345348885 






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