パンアメリカン航空 事故や事件

パンアメリカン航空

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/02 06:52 UTC 版)

事故や事件

技術が発達していなかった黎明期より多数の便を運航していたこともあり、数十件の航空事故を起こしている。また、アメリカを代表する航空会社であったことから、テロやハイジャックの標的になることも多かった。

主な航空事故とテロ事件

着水するPA006便
アムステルダムでオーバーランしたDC-8(1963年)
ロッカビーに墜落したPA103便
パンアメリカン航空526便不時着水事故
1952年4月11日、526便(ダグラスDC-4)が、プエルトリコサンフアンを離陸後、エンジントラブルのため引き返す途中に、海上に不時着水の後、水没。69人中52名死亡。
パンアメリカン航空202便墜落事故
1952年4月29日、202便(ボーイング377)が、プロペラの設計ミスでブラジル北部を飛行中に空中分解を起こし、墜落。50人死亡。
パンアメリカン航空006便不時着水事故
1956年10月16日、006便(ボーイング377)が、太平洋に不時着水した事故。不時着水から救助までの一部始終が映像に残ったことで知られている。
パンアメリカン航空007便失踪事故
1957年11月8日、007便(ボーイング377)が、サンフランシスコからホノルルへ飛行中に失踪。後に機体の残骸と乗客の遺体が漂流しているのが発見された。状況から緊急着水を試みたとされるが、事故原因は判明しなかった。44人死亡。
パンアメリカン航空214便墜落事故
1963年12月8日、214便(ボーイング707)が、飛行中に落雷によりメリーランド州に墜落。
パンアメリカン航空708便墜落事故
1966年11月15日、708便(ボーイング727)が、着陸進入中にソ連統治下の東ドイツ地域に墜落。3人死亡。
パンアメリカン航空217便墜落事故
1968年12月12日、217便(ボーイング707)が、ベネズエラカラカスへ着陸進入中にカリブ海に墜落。51人死亡。
パンアメリカン航空799便墜落事故英語版
PFLP旅客機同時ハイジャック事件
1970年9月6日、93便(ボーイング747)が、PFLPによりヨーロッパからアメリカに向かっていた他の航空会社の旅客機と同時にハイジャックされたものの、目的地のヨルダンのドーソン基地に着陸できずエジプトカイロ国際空港に向かい、犯人グループが現地警察に投降し無事解決した。
パンアメリカン航空845便離陸衝突事故
1971年7月30日、845便(ボーイング747)が、途中経由地のサンフランシスコ国際空港での離陸時に発生した事故。死者なし。
パンアメリカン航空816便墜落事故
1973年7月22日、816便(ボーイング707)が、タヒチパペーテから離陸直後に太平洋に墜落。71人死亡。
テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故
1977年3月27日、1736便(ボーイング747)とKLMオランダ航空 4805便(ボーイング747)が、スペインカナリア諸島テネリフェ島にあるテネリフェ空港で離陸滑走中に衝突。583名死亡。死者数史上最多の航空事故。
パンアメリカン航空759便墜落事故
1982年7月9日、759便(ボーイング727)が、ニューオーリンズ国際空港を離陸直後に墜落。153人死亡。
パンアメリカン航空830便爆破事件
1982年8月11日、830便(ボーイング747)において、仕掛けられた爆弾が爆発。墜落は免れたものの、日本人の少年1人が死亡。
パンアメリカン航空73便ハイジャック事件
1986年9月5日パキスタンカラチの空港で73便がパレスチナ人テロリストアブ・ニダルらのグループによってハイジャックされ、同国軍部隊との銃撃戦などにより、乗客・乗員22人が死亡[22][23][24]
パンアメリカン航空103便爆破事件
1988年12月21日、103便(ボーイング747)が、イギリススコットランド上空において、リビアテロリストによって仕掛けられた爆弾の爆発で空中分解したうえ墜落し、乗客259人と墜落現場の住民11人の計270人が死亡。

労働犯罪事件

東京都労働委員会は、パンアメリカン航空が正当性の無いロックアウトを実施し労働組合員の正当な就労権を妨害したとして、1964年(昭和39年)12月18日労働委員会規則第59条に基づく警告を通知した[25]


  1. ^ 「エアライン」188頁 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  2. ^ 「エアライン」P.64 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  3. ^ 「エアライン」P.128 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  4. ^ 「エアライン」P.89 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  5. ^ 「エアライン」P.109 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  6. ^ Hong Kong Clipper: Lost PanAm.org
  7. ^ 「時空旅行」P.16 イカロス出版
  8. ^ 「時空旅行」P.28 イカロス出版
  9. ^ 「時空旅行」P.21 イカロス出版
  10. ^ 「エアライン」 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  11. ^ 「エアライン」P.129 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  12. ^ 「時空旅行」P.140 イカロス出版
  13. ^ エールフランスと同様に1978年11月(但し、発表は7月で有る)
  14. ^ 当時のコマーシャルでは、エコノミークラスのチケットをどんなに安く購入してもフルサービスを実行するのを売りにしていた上、ファーストクラスもテーブル付きの座席を使用し始めていた。
  15. ^ 1980年代半ば頃。
  16. ^ 日本のコマーシャルでは「スペースシート」と名付けられていた。
  17. ^ How Pan Am Flight 50 flew from pole to pole
  18. ^ 「エアライン」P.240 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  19. ^ 「エアライン」P.265 アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳 早川書房
  20. ^ 実際に1960年代後半に、世界最初の民間宇宙飛行の運行会社になることを想定し、アメリカや日本で乗客の予約を受け付け始めたことさえあった
  21. ^ ANAグループ中期経営戦略の進捗について(ANA HOLDINGS NEWS 2013年7月30日)
  22. ^ 航空機事故による死者数の予測 表 5.1 世界の航空機 ハイジャック・テロ (PDF) 」 『RISK』第63号、損害保険料率算出機構、2002年3月、 8頁、2018年3月26日閲覧。
  23. ^ アブ・ニダル
  24. ^ 中東・イスラムとアメリカ半世紀の関係史
  25. ^ 昭和41年5月23日労働省労政局労働法規課長通知 (1966-05-23). 労働組合によつて労調法三七条の通知がなされている争議行為に対抗して行うロック・アウトの予告 (Report). 厚生労働省. http://wwwhourei.mhlw.go.jp/cgi-bin/t_document.cgi?MODE=tsuchi&DMODE=CONTENTS&SMODE=NORMAL&KEYWORD=&EFSNO=21278&PAGE=1&FILE=&POS=0 2017年5月28日閲覧. "労働委員会が労働委員会規則第五十九条の規定による警告を発した事例としては、パン・アメリカン航空会社事件(三十九都委調違第二号、東京地労委昭和三十九年十二月十八日警告がある。" 






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