「九条尚実」を解説文に含む見出し語の検索結果(1~10/688件中)
仁和寺二十八世門跡。閑院宮典仁親王の第二王子。俊宮と称す。俗名は守典、諡号を後喜多院。桃園天皇の養子となり親王宣下を受け、仁和寺に入室、得度する。関白九条尚実より書を伝授され、書・和歌を能くする。一品...
読み方:おおたに江戸後期の浄土真宗の僧。西本願寺十八世。十七世法如上人の長男。号は文如・悠々子、謚号は信入院。左大臣九条尚実の猶子となりのち得度、大僧正となる。興正寺との不和の是正、学林の復興、明和の...
読み方:おおたに江戸後期の浄土真宗の僧。西本願寺十八世。十七世法如上人の長男。号は文如・悠々子、謚号は信入院。左大臣九条尚実の猶子となりのち得度、大僧正となる。興正寺との不和の是正、学林の復興、明和の...
読み方:ありすがわのみや おりひとしんのう江戸後期の親王。有栖川宮第六代。職仁親王の子、桃園天皇の猶子。幼称は寿手宮。出家後、竜淵と号す。法号は文聚院。中務卿・一品に叙せられる。九条尚実から書道の伝授...
読み方:ありすがわのみや おりひとしんのう江戸後期の親王。有栖川宮第六代。職仁親王の子、桃園天皇の猶子。幼称は寿手宮。出家後、竜淵と号す。法号は文聚院。中務卿・一品に叙せられる。九条尚実から書道の伝授...
凡例九条道前時代江戸時代中期生誕延享3年6月13日(1746年7月30日)死没明和7年6月5日(1770年6月27日)別名号:盛光院官位従一位、内大臣主君桃園天皇→後桜町天皇氏族九条家父母...
凡例九条道前時代江戸時代中期生誕延享3年6月13日(1746年7月30日)死没明和7年6月5日(1770年6月27日)別名号:盛光院官位従一位、内大臣主君桃園天皇→後桜町天皇氏族九条家父母...
読み方:ほり なんこ江戸中期の儒者。京都生。堀杏庵の曾孫、母は木下順庵の娘。名は正脩、字は身之、通称は一六郎・正蔵、別号を習斎。広島藩主浅野綱長に招かれて儒員となる。江戸・広島で進講、在洛中は、内大臣...
読み方:ほり なんこ江戸中期の儒者。京都生。堀杏庵の曾孫、母は木下順庵の娘。名は正脩、字は身之、通称は一六郎・正蔵、別号を習斎。広島藩主浅野綱長に招かれて儒員となる。江戸・広島で進講、在洛中は、内大臣...
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 10:07 UTC 版)「松殿家」の記事における「再興運動」の解説江戸時代に入ると松殿家を再興する動きがあった。
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「九条尚実」の辞書の解説