Kir2.1
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/09 15:09 UTC 版)
Kir2.1は主に心臓や神経に存在するカリウムチャネルの一つである。IRK1とも呼ばれる[1]。遺伝子としてはKCNJ2遺伝子によってコードされる。内向き整流性カリウムチャネルに分類され、平衡電位よりマイナスの膜電位にて細胞外から細胞内へカリウムイオンK+を流しやすいという性質を持つ。その一方で生体においては心筋や神経細胞の活動電位発生時の再分極相において外向き電流を流すことで静止膜電位に戻すのに寄与する、という名称とは一見相反する生理的意義を有する。KCNJ2変異を先天的に持つヒトにはアンダーセン・タウィル症候群という希少疾患が引き起こされる場合があり、不整脈、周期性四肢麻痺、身体外表奇形などが主な特徴である。
Kir2
Kir2.1は内向き整流性カリウムチャネル(Kir)の一つであり、KirにはKir1.xからKir7.xまで7つのタイプが存在する[2]。その中でもKir2.1はKir2というタイプの内向き整流性カリウムチャネルの一種である[3]。内向き整流性カリウムチャネルではカリウムイオンK+の透過が細胞外側から細胞内側の方向で起こりやすいという特徴がある[3]。このような特徴は二価陽イオンのマグネシウムイオンMg2+やスペルミン・スペルミジンなどのポリアミンが内側から開口しているKirを阻害するために起こる[4]。Kirのタイプによって電流の内向き整流性が強いものかが決まるが、Kir2はKirの中でも整流性が強い方である[5]。
Kir2の中でも最初に発見されたのがKir2.1であり、1993年、久保義弘らによりマウスのマクロファージから発見されクローニングが行われた[2][6][1]。その後にKir2ファミリーのタンパク質としてはKir2.2(KCNJ12)、Kir2.3(KCNJ4)、Kir2.4(KNCJ14)の3つが発見された[注釈 1][10]。
構造
Kir2.1サブユニットは他の内向き整流性カリウムチャネルと同様に、膜貫通ドメイン(transmembrane domain、TMD)と細胞質ドメイン(cytoplasmic domain、CTD)で構成される[11][6]。このサブユニットが4つ集まることで1つのイオンチャネルを形成する[2]。必ずしもKir2.1が4つ集まる必要はなく、同じタンパク質ファミリーのKir2.2やKir2.3、Kir2.4とも複合体を形成することができる[2]。このような複合体形成はin vitroの培養細胞中のみならず、in vivoの心筋細胞や脳組織からも確認されている[10]。
Kir2.1は一サブユニットにつき膜貫通ドメインが2回生体膜を貫通しており、膜を貫通する部分をN末端側からTM1, TM2[2]またはM1, M2[12]と呼ぶ。TM1とTM2をつなぐ部分は細胞外側に伸びてから細胞膜に一度入り込んで再び細胞外側に出るような配置であり、この部分をH5[2]またはPループと呼ぶ[13]。H5には電位依存性カリウムチャネルにも存在するT-X-G-Y(F)-G[注釈 2]という順のアミノ酸配列が存在しており、Kir2.1がカリウムを選択的に通すために重要である[2]。それゆえにこの部分は選択性フィルターと呼ばれている[2][14]。選択性フィルターによる狭窄はKir2.1の閉状態において半径で0.2 Åであり、非常に狭い構造となっている[15]。選択性フィルターの細胞内側には中心腔(central cavity)と呼ばれるイオンにとっては広い空間がある[11][16]。
Kir2.1は四量体を形成してその中央にK+の通るポアを作っている。このポアは主に各サブユニットのTM2によって形成される[11]。TM2の中央には多くの内向き整流性カリウムチャネルで保存されたグリシン残基が存在し、アミノ酸の性質上この部分がTM2に可動性を与える[17]。
更にTM2は内向き整流性カリウムチャネルの内向き整流性という性質のためにも重要である。KirにおいてTM2に存在するアスパラギン酸(D)またはアスパラギン(N)残基は細胞内側から細胞外側へのK+流出を防ぐMg2+やポリアミンの結合部位として知られ、D/N siteと呼ばれている[5]。Kir2.1においてはアスパラギン酸残基[注釈 3]がD/N siteとなり[18]、これは酸性アミノ酸で負に帯電しているためMg2+やポリアミンを引き込みやすくなり、強い整流性の原因の一つになる[19]。さらにMg2+の結合部位としては同じくTM2のセリン残基も重要であることが明らかになっている[18]。
細胞質ドメインはN末端ドメインとC末端ドメインから成る[2]。細胞質ドメインにはβストランド構造が多く含まれており、これらのβストランドによって3つのβシート構造が形成される[20]。
N末端ドメインではTM1のすぐN末端側にslide helixと呼ばれる両親媒性のドメインが存在し、脂質二重膜の内葉と細胞質の境界付近に存在する[20]。この領域の変異はアンダーセン・タウィル症候群の原因になることが明らかになっている[20]。更にN末端側は比較的無秩序で柔軟性の高いループ構造となっているが、2022年のクライオ電子顕微鏡を用いた構造解析ではこのループをもとらえることができている[21]。
C末端のβストランドのうちβHとβIの間にはG-loopと呼ばれる細胞内領域の中ではやや膜に近い位置にループ状の構造がある[18]。このG-loopは主に疎水性の側鎖を有するアミノ酸で構成されており、K+の通過経路を狭める役割を担っている[21]。G-loopは可動性のある柔軟な領域とも推定されていたが[22]、クライオ電子顕微鏡像で得られた各サブユニット間のRMSD値が他の構造より小さく、比較的安定した構造をとっているものと思われる[23]。
C末端ドメインにもMg2+やポリアミンが相互作用するのに重要なアミノ酸があり、各サブユニットで2つ、合計8つのグルタミン酸残基が負に帯電した領域を作っていると思われる[18]。そのため、これらのグルタミン酸を変異させるとKir2.1の内向き整流性という性質が減弱してしまう[24]。このように複数の結合部位が存在する意義は定かではないが、膜貫通ドメインのTM2に到達するための中間地点としてC末端ドメインの結合部位が働いている可能性が想定されている[18]。
生物物理学的性質
Kir2.1は内向き整流性カリウムチャネルであるために主に細胞外側から細胞内側の方向へK2+を透過させる。つまりはK+の平衡電位に従い、平衡電位よりもマイナスの膜電位のときに電流が出るように見える[3]。もし平衡電位よりマイナスの状態から人為的に一気にプラスの状態に変えると徐々にMg2+やポリアミンによる阻害が起こるため電流は図のように減衰する[4]。これらの内向き整流性に寄与する因子は元々はMg2+が主要であると考えられていたが、実際はスペルミンが主要であると考えられている[25]。なお、このような電位に左右されるような性質を持つものの、これらは別の物質による影響によるものであってKir2.1が電位依存性イオンチャネルというわけではない[25]。
Kir2.1の発現している細胞の細胞内外の環境を変えるとKir2.1の性質は変化することがある。例えば、細胞外のK+を増加させると内向き成分の電流も外向き成分の電流も増加する[26]。内向き電流の増加は単に電気化学ポテンシャルの変化によって説明できるが、外向き電流も増加するのは単一チャネルコンダクタンスにも変化が生じるためであると考えられている[25]。
Kir2.1の強い内向き整流性は膜を貫通しているTM2に存在する特定のアスパラギン酸残基が重要であると考えられている[5]。これに相当する残基が内向き整流性の弱いROMK(Kir1.1)においてはアスパラギンとなっており、人為的にアスパラギン酸に変異させると整流性が強くなることも実証されている[5]。
Kirは総じて脂質依存性イオンチャネルであるといわれており、特にホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸(PI(4,5)P2)の存在が重要である[5]。電気生理学的実験手法でKirチャネルを測定するときはPI(4,5)P2の枯渇による電流減少(run-down)に注意する必要がある[5]。このようなPI(4,5)P2による調節にはリシンやアルギニンのような正に荷電した塩基性アミノ酸が重要と考えられており、TM1とTM2の細胞質側にそれらが集まった領域が存在する[27]。また、他に脂質としてはコレステロールによる影響も受ける。コレステロールは膜貫通領域が結合部位であると想定されており、CARCモチーフと呼ばれる局所配列がコレステロール認識部位になると思われる[注釈 4][28]。この部位でコレステロールの認識が起こるとKir2.1は閉状態に遷移しやすくなる[28]。
細胞内での局在
Kir2.1が細胞膜に存在するためには適切なメンブレントラフィックが行われなければならない[29]。メンブレントラフィックはタンパク質を産生する小胞体からゴルジ体、そしてゴルジ体から細胞膜までの輸送が必要である。Kir2.1においてはそのC末端ドメインに小胞体から細胞膜までメンブレントラフィックされるために重要なシグナル配列が存在している。なかでもFXYENEV[注釈 2]の順の配列はKir2に特徴的で、Kir2.1ではXがC(システイン)であり小胞体からの脱出のために重要である[19][注釈 5]。また、N末端に存在するRSRFVK[注釈 2]という配列もメンブレントラフィックに重要であり、主にゴルジ体から細胞膜への輸送のために必要と考えられている[29]。
メンブレントラフィックが正常に行われるには他のタンパク質との相互作用も必要である。ゴルジ体におけるKir2.1含有小胞の移動のためにはゴルジン97との結合が重要である[19]。ゴルジン97が存在しない細胞においてはゴルジ体のトランス側(小胞体の反対側)に到達できず、それゆえに細胞膜にも至らないことが実験的に確認されている[19]。また、ゴルジ体から細胞膜に至るまでの経路ではAP-1と呼ばれるアダプチンタンパク質複合体が重要とされており[28]、AP-1との相互作用によってクラスリン被覆小胞に取り込まれて輸送可能となると考えられている[31]。
細胞膜における局在においてはPDZドメイン含有タンパク質が重要な働きを担っている。Kir2.1のC末端にあるSEI[注釈 2]という配列がPDZドメイン含有タンパク質との相互作用のために必要である[28]。このようなPDZドメイン含有タンパク質としてはSAP-97、PSD-95、Chapsyn 110、CASKなどがある[28]。なかでも、SAP-97はテトラミゾールによってアップレギュレーション(発現量上昇)が起こるといわれており、これによってKir2.1のトラフィッキングも促進されると考えられている[32]。
また、細胞膜の中でもカベオラと呼ばれる陥入した構造にもKir2.1がみられる[33]。Kir2.1がカベオラへ局在するためにはカベオラを形成するのに重要なカベオリンの一種であるカベオリン-3と相互作用することが必要である[33]。カベオリン-3が結合するためのモチーフはΩを芳香族アミノ酸とするとΩXΩXXXXΩであるが、ヒトKir2.1ではTM1 N末端側のWRWMLVIF[注釈 2]がそれに相当する[19]。
なお、細胞膜に発現すればそれで終わりではなく逆行性のエンドサイトーシスを介して細胞膜から細胞内へ戻ったりリソソームへ運ばれて分解されたりする[34]。Kir2.1がエンドサイトーシスで細胞内に運ばれるためにはRac1が関与している[34]。
生理的機能
Kir2はKir2.4以外が心房筋や心室筋といった心筋細胞に発現している[注釈 6][35]。なかでもKir2.1はプルキンエ線維や心室筋でよく見られるタイプである[36]。心筋細胞は静止膜電位から脱分極した後、神経よりも比較的長い間脱分極を維持するプラトー相を経て再分極して静止膜電位に戻る[13]。内向き整流性カリウムチャネルにはカリウムの平衡電位よりマイナスの電位では大きい内向きのK電流を、平衡電位よりややプラスの電位では比較的小さい外向きのK電流を流すという特性があるため、K+の平衡電位に近い静止膜電位を保持するのに役立っている[35]。更にプラスの電位ではコンダクタンスが非常に小さくほとんど電流を流さないという特性も併せ持つため、電位依存性カリウムチャネルによって十分再分極した後にKir2.1は働き始める[37]。なお、心筋細胞は生理的範囲では膜電位がK+の平衡電位を下回ることはほとんどなく、名前に対して外向き電流の方が重要な役割を果たしているという実情がある[38]。このような内向き整流性カリウムチャネルによる電流をIK1と呼ぶ[13]。かつてはこのIK1はKir2.2中心であると考えられていた[39]が、存在割合からするとKir2.1の方が主成分であると思われる[40]。
心筋細胞におけるKir2.1は単に細胞膜上に均一に分布しているというわけではなく、心筋の活動電位発生のために必要なNav1.5という電位依存性ナトリウムチャネルと局所的な集合体を形成している[34][41]。そのため、Nav1.5・Kir2.1の一方の発現に機能低下がみられるともう一方にも影響が出ることが報告されている[34]。逆に培養細胞にてKir2.1がより発現するようにトランスフェクションするとIK1もナトリウム電流INaも上昇することが報告されている[41]。このようなNav1.5-Kir2.1間の相互作用はNav1.5に存在するPDZ様ドメインによるものと考えられている[34]。また、コネキシン43というギャップ結合を形成するタンパク質もKir2.1と協調して発現しているものと考えられている[42]。このような集合体の形成により本来はKir2.1の機能低下によりIK1の減少のみ起きていたとされていたのが実際はINaの減少も引き起こしていた可能性をも示唆することがある[43]。反対にブルガダ症候群で見られるようなNav1.5の機能低下がKir2.1の機能低下も引き起こすという可能性もあり得る[44]。
血管においても血管内皮細胞や血管平滑筋細胞にKir2.1が発現している。なお、血管平滑筋細胞にはKir2.1は見られるものの、Kir2.2やKir2.3は確認されていない[45]。血管内皮細胞ではKir2.1らが発現して膜電位をマイナスに維持することで血管内皮細胞に発現するカルシウムチャネルをCa2+が移動するときの大きな駆動力(電気的勾配によるイオンの移動能)を形成する[45]。一方で血管平滑筋細胞では細胞外K+の上昇に対する平衡電位の変位を起こす。細胞外K+が上昇すると通常は膜電位はプラスに動くが、Kir2.1らの内向き整流性という特性により膜電位の上昇を抑えている[45]。
神経においてもKir2は広く分布している。なかでもKir2.1は脳全体にめだった局在なく発現している[45]。Kir2.1をノックアウトしたマウスでも神経学的異常は示さず、これは他のKir2チャネルによって代償できるためではないかと考えられている[46]。
末梢神経系の神経細胞軸索を取り巻く髄鞘を構成するシュワン細胞でもKir2.1は発現が確認されている。シュワン細胞同士の間はランヴィエ絞輪という跳躍伝導のための間隙が存在する。活動電位発生の際に神経細胞軸索から外向きに流れるK電流によって蓄積したK+を流入させる役割があると考えられている[46]。また、神経に近い組織として網膜にも存在しており、生理的には双極細胞において発現していると考えられている[47]。発生学的には胎児期の網膜においては血管内皮細胞増殖因子(VEGF)が発達上必要とされているが、このVEGFの増加とKir2.1の発現が関連するといわれている[48]。一方でこのVEGFが過剰であると未熟児網膜症と呼ばれる疾患が引き起こされる[48]。この疾患における発症機序にVEGF増加に伴うKir2.1の発現量上昇も関与している可能性がある[48]。
骨格筋細胞でも静止膜電位維持のために内向き整流性カリウムチャネルは用いられる[46]。特に骨格筋が筋芽細胞から発生する過程ではKir2.1の発現の変化が重要といわれている[46]。筋芽細胞では発生に伴ってKir2.1が増加することで静止膜電位がKの平衡電位近くに移動し、これによってCa2+が細胞内へ流入しやすくなって分化のシグナルになるという機構が考えられている[46]。
他にも腎臓の傍糸球体細胞にもKir2.1は発現している[46]。傍糸球体細胞においては細胞内Ca2+濃度が低下するとレニンの分泌を行うといわれている。この背景にKir2.1による静止膜電位の低下が関連しているのではないかと考えられている[49]。
機能の調節
Kir2.1はいくつかの物質によって活性化や阻害を受ける。その物質の例を以下に示す。
活性化
Kir2.1はリン酸化酵素であるプロテインキナーゼAによる活性化を受け、外向き電流が増加する[40]。細胞質C末端ドメインのセリン残基がリン酸化に重要であるといわれており、セリンを変異させるとPKAによる活性化に応答できなくなる[40]。なお、内向き電流に絞った研究においてはPKAはKir2.1を阻害する作用があると報告されているが、Kir2.1の内向き電流は実際には生理的な関与が薄いため生理的条件においては活性化方向に働くものと思われる[40]。
一部の薬剤はKir2.1の内向き整流性を形成するポリアミンに作用することでKir2.1の外向き電流を増加させる働きを持つ[50]。これにはKir2.1のC末端にあるシステインが関与する[50]。このような薬剤の例としてはプロパフェノンやフレカイニドといった抗不整脈薬がある[50]。また、テトラミゾールはKir2.1のメンブレントラフィックを促進する作用を持つと考えられている[51]。
阻害
Kir2.1は様々なカリウムよりも大きめのイオンによって阻害を受ける。例えば、カルシウムイオンCa2+は細胞内液・細胞外液どちらであっても濃度が上昇するとKir2.1の電流が減少する[25]。しかし、Ca2+が細胞内に流入するとKir2.1の電流が上昇したという報告もあり、条件次第で変化するものと思われる[52]。Ca2+よりも大きいバリウムイオンBa2+の場合はKir2.1のイオン通過路の中でも狭窄している選択性フィルターの方へ入り込むことで電流を減少させることが知られている[29]。セシウムイオンCs+やストロンチウムイオンSr2+も同様に阻害効果を有することが示されているがBa2+よりは効果が弱いとされる[29]。
Kir2.1を阻害する物質にはマラリアの治療薬として知られるクロロキンがある。そのため、治療薬の副作用として心筋に発現するKir2.1を阻害することによるQT延長や不整脈に注意する必要がある[53][54]。クロロキンは構造的には細胞質ドメインに結合部位があると考えられており、ちょうどポリアミンの結合する部位に近いと考えられている[53]。また、Kir2.1のイオン通過路の開口のために重要なPI(4,5)P2の結合に干渉するともいわれている[51]。このようなPI(4,5)P2の結合に干渉する薬剤は他にもいくつか知られており、キニジン、メパクリン(キナクリン)、ガンボギン酸、カルベジロール、メフロキン、タモキシフェン、チオペンタールなどがある[51]。
Ⅲ群の抗不整脈薬であるドロネダロンもKir2.1を阻害することが知られている[55]。ドロネダロンはL型カルシウムチャネルや遅延整流性カリウムチャネルといったイオンチャネルも阻害するマルチチャネル阻害薬であり、Kir2.1においてはポアの細胞質側が結合する部位であると考えられている[55]。
疾患との関連
アンダーセン・タウィル症候群
Kir2.1の機能不全はアンダーセン・タウィル症候群と呼ばれる疾患の原因になる[56]。アンダーセン・タウィル症候群はQT延長症候群7型(略:LQT7)とも呼ばれ、QT延長を特徴とし、不整脈のリスクが上昇する[53]。ただし、QT時間というよりもQU時間(Q波からU波までの時間)が延長するのが特徴的であってQT延長症候群に分類すべきでないとする立場も存在する[50][57]。原因は主に先天的な遺伝子異常で、Kir2.1をコードするKCNJ2遺伝子の変異が多くを占めるが[53]、GIRKチャネルのKir3.4をコードするKCNJ5遺伝子の変異を原因とすることもある[注釈 7][50]。遺伝形式は常染色体顕性遺伝である[53]。アンダーセン・タウィル症候群の原因となる変異の種類は多様であり、Δ314-315[注釈 8]によりAP-1との結合がうまくいかずに細胞膜へのトラフィッキングが妨げられたり[58]、S369*[注釈 2]によって小胞体からの脱出に必要なFCYENEV配列が欠失してトラッフィッキングが妨げられたり[58]、選択性フィルターを構成するT-X-G-Y(F)-Gの初めの方のGがS[注釈 2]に変異することで機能性のあるチャネルを形成できなくなったり[59][60]する。
アンダーセン・タウィル症候群の症状の一つに周期性四肢麻痺があるが、これは骨格筋に存在するKir2.1の機能低下・不全のために膜電位の上昇による電位依存性ナトリウムチャネルの不活性化が起こることが原因であると考えられている[46]。また、アンダーセン・タウィル症候群ではカテコラミン誘発多形性心室頻拍と呼ばれる疾患でしかほとんど見られない二方向性心室頻拍[注釈 9]を呈することがある[61]。さらに身体奇形を呈することがあり、口蓋裂、小顎症、眼窩隔離、耳介低位、斜指症のような指形成異常などを伴うことがある[62][63]。
アンダーセン・タウィル症候群は有病率が50万~200万人に1人という希少疾患であり、確立した治療法がないうえに臨床試験も難しいという課題がある[50]。Kir2.1を開口させるザコプリドはアンダーセン・タウィル症候群の根本的な治療薬になりうるとして期待されうるが[50]、これに関して2014年に研究不正事案が発生したという問題もある[64]。
なお、アンダーセン・タウィル症候群ではないが、QT延長症候群9型(LQT9)はカベオリン-3の異常であり、Kir2.1とKir2.2のチャネル機能に影響を与えることで異常を来すのではないかと思われる[33]。
その他の疾患
アンダーセン・タウィル症候群以外では逆にKir2.1の機能が高まるようなKCNJ2変異によって起こるQT短縮症候群がある[53]。QT短縮症候群の中でもその原因がKCNJ2変異であるものはQT短縮症候群3型(SQT3)と呼ばれる[61]。QT短縮を起こすKCNJ2変異では通常強い内向き整流性カリウムチャネルであるKir2.1が比較的大きい外向き電流を呈することが培養細胞の電気生理学的解析で明らかになっており、これによって再分極が急速に進んでQT短縮を起こすと思われる[53]。QT短縮は失神や心房細動、最悪の場合突然死の原因になる[53]。治療の第一選択は植込み型除細動器(ICD)とされている[51]。QT時間、いわば心筋の活動電位の持続時間を延長させるようなⅠa群の抗不整脈薬であるキニジンも有効ではないかと考えられている[51]。
遺伝的に発症する心房細動は家族性心房細動と呼ばれ、これの原因がKCNJ2変異であることがある[65]。Kir2.1の外向き電流を上昇させるような変異が原因と考えられており、miRNAを用いて発現を抑える研究が進められている[65]。なお、家族性のみならずKir2.1の機能獲得型変異は慢性心房細動にも関与している[65]。
Kir2.1は遺伝以外を原因として機能が低下することによっても様々な病態を引き起こす。Kir2.1の機能が低下すれば心筋の活動電位の持続時間は延長し、不整脈の誘因となる[65]。さらに心筋梗塞やその後の再灌流性不整脈が引き起こされることもある[65]。それゆえ臨床上Kir2.1を標的とした薬剤は治療薬になり得ると考えられるが、Kir2.1は身体にあまねく発現していること、Kir2.1の機能を上昇・低下させすぎるとかえって病態を引き起こしかねないことなどが課題である[65]。
神経においてKir2.1を含めKir2ファミリーのチャネルは至る所に発現しており、Kir2の機能が低下すると再分極におけるK+を排出する能力が低下してしまうため静止膜電位が上昇する[66]。静止膜電位が上昇すると神経の発火閾値を超えやすくなり、それゆえに神経における電気活動が異常となりてんかんを生じやすくなる[66]。
脚注
- ↑ 本項目とは密接な関連はないため本文に記載しないがKir2にはKir2.5(KCNJ17)やKir2.6(KCNJ18)も存在するといわれている。これらはKir2.2と非常にアミノ酸配列が類似しているためにKir2.2の変異型やアイソフォームとして扱われてきた歴史がある[7]。更にKCNJ18はヒトゲノム国際機構で承認されている[8]が、KCNJ17は2026年8月時点では見当たらない[9]。
- 1 2 3 4 5 6 7 本記事ではタンパク質を構成するアミノ酸は基本的に1文字の略号で表記する。以下に使用されているものを示すと、Dはアスパラギン酸、Eはグルタミン酸、Fはフェニルアラニン、Gはグリシン、Iはイソロイシン、Kはリシン、Lはロイシン、Mはメチオニン、Nはアスパラギン、Rはアルギニン、Sはセリン、Tはスレオニン、Vはバリン、Wはトリプトファン、Yはチロシン、Xは任意のアミノ酸、*は終止コドンを指す。
- ↑ ヒトにおいては172番目であるのでD172[5]。
- ↑ CARCとはcholesterol recognition amino acid consensusの略である。CARCモチーフは(R/K)X1-5(Y/F)X1-5(L/V)という配列であり、ヒトKir2.1においてはRXXXXXFXXXVとなっている[28]。
- ↑ YXXΦ(Φはロイシンのような疎水性のアミノ酸の略号)もゴルジ体脱出のために重要な配列として古くから知られている[30]が、細胞膜に輸送されないKirタンパク質にもYXXΦ配列がありこの配列が本当に重要であるか定かでない[19]ともされるため本文中から省いた。
- ↑ Kir2.4は神経細胞に限定的に発現する[35]。
- ↑ KCNJ2が原因であるのは約60%、KCNJ5が原因であるのは約15%、その他が原因不明であると概算されている[50]。
- ↑ 314番目・315番目のアミノ酸が欠失するような変異。
- ↑ 心電図のQRS波が1拍ごとに向きが変わるような心室頻拍のこと
出典
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