Infinite Jest
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Infinite Jest はアメリカの作家デヴィッド・フォスター・ウォレスによる小説。1996年発行。タイム誌によって「1923年から2005年までに出版された英語小説のベスト100」に選ばれた[1]。この本はポストモダン文学の一例である。
刊行初年度にハードカバー版が4万4千部を売り上げ、文芸小説としてはベストセラーとなった本作は、その後、全世界で100万部以上売れた[2]。
成立過程
ウォレスは1986年から1989年にかけて、『インフィニット・ジェスト』、あるいはそれに類する作品の執筆を何度も試みた。1991年から92年にかけての試みはより実り多いものとなり、1993年末までには小説の実用的な草稿を完成させていた。
1992年初頭から刊行に至るまで、さまざまな草稿の抜粋が散発的に雑誌や文芸誌に掲載された。その掲載先には、『ハーヴァード・レビュー』(Harvard Review)『グランド・ストリート』(Grand Street)『コンジャンクションズ』(Conjunctions)『レビュー・オブ・コンテンポラリー・フィクション』(Review of Contemporary Fiction)『ハーパーズ・マガジン』(Harper's Magazine)『アイオワ・レビュー』(The Iowa Review)『ザ・ニューヨーカー』(The New Yorker)『ロサンゼルス・タイムズ・マガジン』(Los Angeles Times Magazine)などが含まれる。
本書は、出版社Little, Brown and Companyの編集者であるマイケル・ピーチによって編集された。ピーチはウォレスに対して提案や助言を行ったが、最終的な編集判断はすべてウォレス自身によるものであった。ウォレスは当初の原稿から約250ページに相当する削除を受け入れたが、多くの変更には抵抗し、その理由をたいてい説明していた。
本作の題名は、「ハムレット」第5幕第1場に由来する。同場面でハムレットは宮廷道化ヨリックの頭蓋骨を手に取り、「ああ、哀れなヨリックよ! 私は彼を知っていた、ホレイショー。無限の機知(infinite jest)とすぐれた想像力を備えた男であった。彼は幾千度も私を背に乗せてくれたものだ。だが今や、私の想像の中でそれがいかに忌まわしく思われることか!」と語る。
なお、本作の作業段階における仮題は『A Failed Entertainment』(失敗した娯楽)であった。
ここで付言すると、「Infinite Jest」という表現自体は、ハムレットに由来する語句であり、ポール・バロルスキーによる著書『Infinite Jest: Wit and Humor in Italian Renaissance Art』(1978年)など、ウォレス以前の出版物においても用いられている。『とめどなく笑う』として、高山宏、森田義之、伊藤博明による邦訳が1993年にありな書房から出版された。
設定
本作の未来世界においては、アメリカ合衆国、カナダ、メキシコが統合され、「北米国家機構(Organization of North American Nations, O.N.A.N.)」と呼ばれる単一の超国家を構成している(この名称はオナニズムへの言及でもある)。各暦年には企業が命名権を入札・購入することが認められており、従来の数字による年号に代わって、表向きは名誉的とされる企業名が付された名称が用いられる。物語は断片的で、複数の「命名された年」にまたがるが、その大半は「デペンド成人用下着の年(Year of the Depend Adult Undergarment, Y.D.A.U.)」において展開する。
アメリカ合衆国大統領ジョニー・ジェントル(潔癖症の歌手兼政治家であり、「アメリカを清潔にする一方で、いかなる国民にも不快を与えない」という公約を掲げて選挙運動を行った)の命令により、かつてのアメリカ北東部およびカナダ南東部の大部分は巨大な有害廃棄物投棄地へと変貌した。この地域はカナダに「譲渡」され、国境の移動によって生じた地形から、アメリカ側では「大凹地(Great Concavity)」と呼ばれている。
あらすじ
本作には、いくつかの主要な物語が相互に絡み合いながら展開する。
- ケベックの急進的分離主義者集団「レ・ザササン・デ・フォトゥイユ・ロラン(直訳「車椅子の暗殺者たち」;A.F.R.)」は、ケベックをO.N.A.N.から解放するための暴力的クーデターを計画している。
- ボストンで生活する依存症者たちは、薬物乱用によって「どん底」に至ったのち、居住型の回復施設「エネット・ハウス薬物・アルコール回復施設」に入所し、アルコホーリクス・アノニマス(AA)やナルコティクス・アノニマス(NA)を通じて回復を進めていく。
- ジェームズ・インカンデンザによって設立され、現在はエイヴリル・インカンデンザとその養兄チャールズ・テイヴィスによって運営されるエンフィールド・テニス・アカデミー(E.T.A.)では、学生たちが訓練と学業に励んでいる。
- インカンデンザ家の個人的ドラマは、家族全体の機能不全の中で、学業および運動の両面における高い期待に応えようとするハルの苦闘を中心に展開する。
これらの物語は、「インフィニット・ジェスト(Infinite Jest)」と呼ばれる映画、別名「エンターテインメント」あるいは「サミズダート」によって結びつけられている。この映画はあまりに魅惑的であるため、視聴者はそれ以外のあらゆることへの関心を失い、ひたすら繰り返し鑑賞し続け、やがて死に至る。それはジェームズ・インカンデンザの最終作品であり、主演女優ジョエル・ヴァン・ダインの要請によって禁欲状態にあった時期に完成されたものである。ケベック分離主義者たちは、アメリカ合衆国に対するテロ行為に利用するため、この作品の複製可能なマスターコピーを入手しようとする。一方、アメリカ合衆国の「不特定任務局(Office of Unspecified Services, O.U.S.)」は、そのマスターコピーの流通を阻止し、O.N.A.N.の不安定化を防ぐこと、あるいは映画の効果に対抗しうる「反エンターテインメント」を発見または制作することを目指している。ジョエルは薬物依存の問題の治療のためエネット・ハウスに入所する。A.F.R.の構成員(およびO.U.S.の二重スパイの可能性を持つ)レミー・マラテは、ジョエルおよび「エンターテインメント」のマスターコピーに関する手がかりを求めてエネット・ハウスを訪れる。
ウォレスは本作の構造を、フラクタルの一種であるシェルピンスキーのギャスケットになぞらえている。彼によれば、この小説の「混沌はより表層的なものであり」、一見ばらばらに見える筋立てにもかかわらず、全体としては首尾一貫した構造を有している。
文学的関連
『Infinite Jest』は、過去の多くの文学作品に対して、明示的あるいは暗示的に依拠している。
- その題名が示す通り、本作は部分的にハムレットに基づいている。エンフィールド・テニス・アカデミーはデンマークに対応し、ジェームズ(ハムレット王)とエイヴリル(ガートルード王妃)によって統治される。ジェームズの死後、エイヴリルの才能ある息子ハル(ハムレット王子)の叔父であるチャールズ(クローディアス)が後を継ぐ。戯曲と同様に、息子の課題は、父の名誉を回復するために、差し迫る精神的崩壊と闘うことである。
- もう一つの連関は、オデュッセイアに見られる。そこでは息子テレマコス(ハル)が、支配的な母ペネロペ(エイヴリル)から自立し、不在の父オデュッセウス(ジェームズ)の真実を発見しなければならない。(この構図はまた、ユリシーズにも再現されている。同作は多様な住民が登場する現実的なダブリンを舞台とし、『インフィニット・ジェスト』が多様な人々の住む現実的なボストンを主な舞台とするのと対応している。)ある場面で、ハルはオリンと電話で話しながら、足の爪をゴミ箱に切り落とすことが「いまやテレマキー(telemachry)の実践のように思える」と語る。これに対しオリンは、ハルがテレメトリー(telemetry)のことを言ったのかと問い返す。クリストファー・バートレットは、ハルのこの言い間違いが、『オデュッセイア』の最初の四巻において父が死んだと信じているテレマコスへの直接的な言及であると論じている。
- さらに、カラマーゾフの兄弟との関連も分析されており、ティモシー・ジェイコブズは、オリンがニヒリスティックなドミートリイを、ハルがイワンを、マリオが素朴で善良なアリョーシャをそれぞれ体現していると見る。
- 視聴者がそれ以外のすべてへの関心を失ってしまうほど魅力的な映画というモチーフは、モンティ・パイソンのスケッチ「The Funniest Joke in the World」や、ロバート・ノージックによる思考実験「経験機械(experience machine)」とも比較されている。
批評的受容
- 『Infinite Jest』は大々的に宣伝され、その広報活動には10都市を巡るブックツアーや数多くのインタビューが含まれており、デイヴィッド・フォスター・ウォレスは公的な人物として振る舞うことを余儀なくされた。出版社であるLittle, Brown and Companyは、本書の成功をこのキャンペーンによるものとし、その中には「無限の快楽」や「無限のスタイル」をうたった小説を予告する、4,000人に向けた謎めいたティーザー・ポストカードの送付も含まれていた。Rolling Stone誌は記者のデイヴィッド・リプスキーを派遣し、ウォレスの「勝利に満ちた」ブックツアーに同行させた。これは同誌が若手作家の人物紹介のために記者を派遣したものとしては10年ぶりのことであった。このインタビューは雑誌には掲載されなかったが、後にリプスキーの著書『Although of Course You End Up Becoming Yourself』(2010年)となり、同書は2015年の映画『The End of the Tour』の原作となった。
- 初期の書評は本作の評判を高めるのに寄与し、その多くが本作を重大な文学的事件として位置づけた。
- Review of Contemporary Fictionにおいて、スティーヴン・ムーアは本書を「ポストモダン状況に関する深遠な研究」と評した。2004年にはチャド・ハーバックが回顧的に、本作は「いまや過去30年間のアメリカ小説の中心的作品として見える、他の作品がその周囲を回る密度の高い星」であると述べている。
- 2008年の回顧記事において、The New York Timesは本書を「傑作であると同時に怪物でもある――約1100ページに及ぶ、驚嘆すべき創意と人の心を解きほぐす優しさに満ちた作品」と評し、その分量と複雑さが読者にとって威圧的で難解であると指摘した。
- また、Time誌は本作を「1923年から2005年の間に出版された英語小説ベスト100」に選出している。
- ウォレスの代表作として、『インフィニット・ジェスト』は「ウォレス研究(Wallace Studies)」と呼ばれる新たな研究領域の中心的存在とみなされた。The Chronicle of Higher Educationによれば、この分野は「堅固な学術的事業へと発展しつつある」とされる。
- しかし、すべての批評家が賛辞を送ったわけではない。初期の書評の中には、ミチコ・カクタニがThe New York Timesに寄せたもののように、評価が分かれるものもあった。彼女は文体の創意を認めつつも、長大さとプロットを批判し、本作を「ウォレスの頭をよぎったあらゆるものの巨大で百科全書的な集成」と評した。London Review of Booksにおいて、デイル・ペックは「一言で言えばひどい作品である。ほかにも、肥大化した、退屈な、不必要な、そしてとりわけ制御されていない、といった言葉が当てはまる」と書いた。イェール大学の人文学教授であるハロルド・ブルームは本作を「まったくひどい」と評し、「認めうる才能なしに書かれている」と述べた(なお小説中では、ブルーム自身の著作は「冗長で大げさ」と言及されている)。2000年にThe New York Review of Booksに寄稿したA・O・スコットは、本作のピンチョン的要素について、「いささか作為的で二番煎じに感じられる。それは、夕食会で早熟な子どもが見せる芸のように印象的ではあるが、同様に最終的にはいら立たしくもあり、主として自己顕示の欲望に動機づけられているように思われる」と述べている。
- その後、評価を修正する批評家も現れた。2008年にSlateに寄稿したA・O・スコットは、『インフィニット・ジェスト』を「その時代精神を飲み込む巨大な小説であり、その世代における文学的野心の基準を打ち立てた作品」と評し、ウォレスを「同時代で最も優れた知性」と呼んだ。2018年にはジェームズ・ウッドが、自らの否定的な書評について「デイヴィッド・フォスター・ウォレスをもっと丁寧に読むべきであった」と後悔を表明している。なお、『インフィニット・ジェスト』はカクタニの著書『Ex Libris: 100 Books to Read and Reread』において、再読すべき書物の一つとして挙げられている。
翻案
劇作家ケン・キャンベルは、ミレニアムに向けて『Infinite Jest』の舞台化に取り組んだ。彼の構想では、各自23ドルを支払った1,000人の出演者が参加し、1週間にわたって上演が行われる予定であったが、実現には至らなかった。ドイツの劇団Hebbel am Uferは、2012年に24時間に及ぶ前衛的な野外演劇として本作を上演している。
また本作はフィンランド語に翻案され、Yleによって2023年1月に全6回のラジオドラマとして放送された。
大衆文化において
- テレビ番組『Parks and Recreation』のエピソード「Partridge」には、本作へのさまざまな言及が含まれている。たとえば、アンとクリスは「インカンデンザ=ペミュリス育児相性テスト」を受け、アンの不妊カウンセラーであるヴァン・ダイン医師はC.T.テイヴィス医療センターに勤務している。
- The Decemberistsの楽曲「Calamity Song」のミュージックビデオは、本作のエスカトン章を再現している。
- MC LarsとWheatusによる「Finite Jest」のミュージックビデオは、ハルの視点から物語の筋を語り直し、原作の場面を再現している。
- 2009年には、『インフィニット・ジェスト』をひと夏で読破することを目標としたオンライン読書会プロジェクト「Infinite Summer」が実施され、著名な作家や音楽家、メディア関係者による日々のコメントが掲載された。
- ロックバンドWe Are the Furyは、2006年のEPに本作にちなみ『Infinite Jest』と命名した。
- ハードコア・パンクバンドFuryは、アルバムに本作の仮題に由来する『Failed Entertainment』という名称を付している。
- インディー・ポップロックバンドThe 1975の楽曲「Surrounded by Heads and Bodies」は、本作の冒頭文に着想を得たタイトルである。同バンドのボーカルであるマシュー・ヒーリーは、リハビリ施設に滞在中に本作を読んでいた。
脚注
- ↑ Grossman, Lev (2010年1月7日). “Is Infinite Jest one of the All-TIME 100 Best Novels?” (英語). Time. ISSN 0040-781X 2025年8月7日閲覧。
- ↑ “A Brief (Crowd-Sourced) Interview with Michael Pietsch - Infinite Winter” (英語). Infinite Winter. (2016年4月6日) 2025年8月7日閲覧。
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