グランド・ファンク・レイルロード
(Grand Funk から転送)
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| グランド・ファンク・レイルロード | |
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| 基本情報 | |
| 別名 | グランド・ファンク |
| 出身地 | |
| ジャンル | |
| 活動期間 |
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| レーベル | |
| 公式サイト | Grand Funk Railroad Official Web Site |
| メンバー | |
| 旧メンバー | |
グランド・ファンク・レイルロード(Grand Funk Railroad, GFR)[注 1]はアメリカ合衆国のハードロック・バンドである。
1960年代末にマーク・ファーナー、メル・サッチャー[3]、ドン・ブリューワーによって結成された。ギタリスト、ベーシスト、ドラマーのパワー・トリオとして高い人気を獲得し、1972年にキーボーディストを含むカルテットとなり、1976年に解散するまでアルバムとヒット・シングルを連発し続けた。 2度の解散と再結成を経て、ブリューワーを中心に2023年現在も活動中である。
歴史
結成
ドン・ブリューワー(Don Brewer, ds)とマーク・ファーナー(Mark Farner, vo & g)は、1965年にミシガン州フリントで元DJのテリー・ナイト(Terry Knight, vo)が結成した「テリー・ナイト・アンド・ザ・パック(Terry Knight and the Pack)」のメンバーであった[注 2]。両名は1967年にナイトがソロ活動のために同バンドを去った後も在留して活動し続けた[注 3]が、1969年に脱退。同郷でクエスチョン・マーク&ザ・ミステリアンズに在籍していたメル・サッチャー (Mel Schacher, b) [注 4]を誘ってトリオを結成した。
トリオ期
バンドのサウンドは1968年頃より勃興していたニューロックあるいはヘヴィロック[注 5]のスタイルをいち早く取り入れ、かつての同僚でキャピトル・レコードのA&Rになっていたナイトとマネージメントの契約を結んだ。そしてアメリカの鉄道会社「グランド・トランク鉄道 (Grand Trunk Western Railroad) 」をもじったグランド・ファンク・レイルロードを名乗った。
1969年7月4日と5日にジョージア州ハンプトンで開催された第一回アトランタ・インターナショナル・ポップ・フェスティバルにレコード・デビュー前の無名バンドとして出演して注目を集め、キャピトルと契約した。そしてナイトのプロデュースで制作したアルバム『グランド・ファンク・レイルロード登場 (On Time)』でデビュー。レッド・ツェッペリンのアメリカ公演の前座を務めた際に、歌唱力と演奏力で聴衆を熱狂させて主役を食ってしまったことによって、ロック・ファンの間で知名度が高まった[要出典] 。同年発表されたセカンド・アルバム『グランド・ファンク (Grand Funk)』はRIAAによってゴールドディスクに認定され[注 6]、デビュー・アルバムも1970年に入ってゴールドディスクに認定された。デビュー・アルバムからシングルカットされた「ハートブレイカー」はハードロックの古典になり、セカンド・アルバムに収録されたアニマルズの「孤独の叫び」のカバーもファンキーな人気曲となった。
1970年には『クローサー・トゥ・ホーム(Closer to Home)』と2枚組ライヴ・アルバム『ライヴ・アルバム(Live Album)』、1971年には『サバイバル(Survival)』と『戦争をやめよう(E Pluribus Funk)』を発表。ローリング・ストーン誌などは彼等のアルバムやステージに辛辣な評価を下した[4]が、いずれのアルバムも全米アルバム・チャートの10位以内を記録して、プラチナディスクに認定された。1971年7月9日にシェイ・スタジアムで開催されたニューヨーク公演の55000席の前売り券は、同球場窓口で発売開始後72時間で売り切れた[注 7][4]。同月初来日し、後楽園球場で開催された東京公演での激しい雷雨に見舞われた演奏は語り草になった。開演時に会場へ入り切れなかった観客の一部が暴徒と化し、12番ゲートの扉を破壊して放火。さらに、駆けつけた機動隊員らに投石をする暴動を起こしたが、雷雨により鎮静化した[5]。ザ・タイガースは「ハートブレイカー」をコンサートのレパートリーとして取り上げ、のちにフォークシンガーとしてデビューする井上陽水は上記東京公演で聴いた同曲のコード進行を模倣して「傘がない」を書いた。
1971年の後半、メンバーはナイトが財政を不正に管理していると疑い始め、1972年3月に彼を解雇した。同年発表した『不死鳥 (Phoenix)』はメンバーによってプロデュ―スされ、ゲストに元テリー・ナイト・アンド・ザ・パックのクレイグ・フロスト (Craig Frost, kbd) を迎えて制作された。同アルバムからは「ロックンロール・ソウル」がシングル・カットされた。
解雇されたナイトはGFRを契約違反で訴え6000万ドルを請求し、最終的に1500万ドルを受け取ったと報道された[6]。メンバーは彼に対してバンド名と印税に関する訴訟を起こした。
カルテット期
『不死鳥』発表後、フロストを正式メンバーに迎え入れてカルテットになった。ナイトとの闘争はGFRが法廷外での和解に応じて終わり、メンバーはバンド名の使用を認められたものの、ナイトのマネージメントの下で発表してきた楽曲がもたらす印税による収入を失うことになった。彼らはグランド・ファンク (Grand Funk)[注 8]を名乗り、音楽性をポップな方向に広げた。1973年、トッド・ラングレンにプロデュースを委ねたアルバム『アメリカン・バンド (We're an American Band) 』を発表。同名シングル曲が全米1位を獲得する大ヒットとなり、このアルバム・タイトルはそのまま彼らの代名詞となり、同名曲はボン・ジョヴィなどアメリカの後続のロックバンドにライブなどで何度もカバーされている。
1974年、前作に引き続いてラングレンがプロュースしたアルバム『輝くグランド・ファンク (Shinin' On) 』からは、ジェリー・ゴフィンとキャロル・キング作で1962年に全米1位を獲得したリトル・エヴァの大ヒット曲「ロコモーション (The Loco-Motion)」をハードロック風にアレンジしたカバーがシングルカットされ、こちらも全米1位を獲得。GFR時代とグランド・ファンク時代を通じて最大のヒット・シングルとなった。同アルバムからは「シャイニン・オン」もシングルカットされた。
1975年には、前年末に発表したアルバム『ハード・ロック野郎 (世界の女は御用心) (All the Girls in the World Beware!!!) 』[注 9]から、ソウル・ブラザーズ・シックスの原曲をブギ・ウギ調にアレンジした「オー・ワンダフル (Some Kind of Wonderful)」と「バッド・タイム」の2曲のヒットを放った。1976年の『驚異の暴走列車 (Born to Die) 』[注 9]をもってCapitolとの契約は満了した。同年、MCAからフランク・ザッパをプロデューサーに迎えた『熱い激突 (Good Singin', Good Playin') 』を発表した[注 10][7]が、その直後に解散した。
ファーナーはMark Farner[8](1977年)とNo Frills(1978年)の2枚のソロ・アルバム、残り3名はFlint[9]を結成しFlint[10](1977年)を発表した。
再結成と再々結成
1980年、ファーナーとブリューワーによって再結成[注 11]。『グランド・ファンク復活 (Grand Funk Lives) 』と『ホワッツ・ファンク? (What's Funk?) 』と2枚のアルバムを発表する。1982年9月には日本公演を開催し、東京公演は武道館で行なった。招聘元は音楽舎。事前リハーサルは目黒のワーナーパイオニアスタジオで行った。が、ヒットを出すことなく1983年に再度解散した。
1997年、ボスニア救済コンサートへの出演をきっかけにオリジナル・メンバー3人で再々結成(『ボスニア (Bosnia) 』)。
1999年、ファーナーがソロ活動のために脱退し、元キッスのブルース・キューリックが加入した。
メンバー
現在のメンバー
| メンバー名 | 原語表記 | 担当 | 在籍時期 |
|---|---|---|---|
| ドン・ブリューワー | Don Brewer | Drums, Lead Vocals | 1968~1977, 1980~1983, 1996~現在 |
| メル・サッチャー | Mel Schacher | Bass Guitar | 1968~1977, 1980~1981, 1996~現在 |
| マックス・カール | Max Carl | Lead Vocals | 2000~現在 |
| ティム・カーション | Timothy "Tim" Cashion | Keyboards | 2000~現在 |
| マーク・チャットフィールド | Mark Chatfield | Guitars | 2024~現在 |
過去に在籍したメンバー
| メンバー名 | 原語表記 | 担当 | 在籍時期 |
|---|---|---|---|
| マーク・ファーナー | Mark Farner | Guitars, Lead Vocals | 1968~1977, 1980~1983, 1996~1999 |
| テリー・ナイト | Terry Knight | Bass Guitar | 1972 |
| クレイグ・フロスト | Craig Frost | Keyboards | 1972~1977 |
| デニス・ベリンジャー | Dennis Bellinger | Bass Guitar | 1980~1983 |
| ハワード・エディ・ジュニア | Howard Eddy, Jr. | Keyboards | 1996~1999 |
| ブルース・キューリック | Bruce Kulick | Guitars | 2000~2023 |
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
| タイトル | 原題 | 年 | US 200 | 認定 |
|---|---|---|---|---|
| グランド・ファンク・レイルロード登場 | On Time | 1969 | # 27 | Gold |
| グランド・ファンク | Grand Funk | 1969 | # 11 | Platinum |
| クローサー・トゥ・ホーム | Closer to Home | 1970 | # 6 | 2x Multi-Platinum |
| サバイバル | Survival | 1971 | # 6 | Platinum |
| 戦争をやめよう | E Pluribus Funk | 1971 | # 5 | Platinum |
| 不死鳥 | Phoenix | 1972 | # 7 | Gold |
| アメリカン・バンド | We're an American Band | 1973 | # 2 | 2x Multi-Platinum |
| 輝くグランド・ファンク | Shinin' On | 1974 | # 5 | Gold |
| ハード・ロック野郎 (世界の女は御用心) | All the Girls in the World Beware!!! | 1974 | # 10 | Gold |
| 驚異の暴走列車 | Born to Die | 1976 | # 47 | |
| 熱い激突 | Good Singin', Good Playin' | 1976 | # 52 | |
| グランド・ファンク復活 | Grand Funk Lives | 1981 | # 149 | |
| ホワッツ・ファンク? | What's Funk? | 1983 |
ライヴ・アルバム
| タイトル | 原題 | 年 | US 200 | 認定 |
|---|---|---|---|---|
| ライヴ・アルバム | Live Album | 1970 | # 5 | 2x Multi-Platinum |
| グランド・ファンク・ツアー ’75 | Caught in the Act | 1975 | # 21 | |
| ボスニア | Bosnia | 1997 | ||
| 1971 ライヴ | Live: The 1971 Tour | 2002 |
コンピレーション
| タイトル | 原題 | 年 | US 200 | 認定 |
|---|---|---|---|---|
| Mark, Don and Mel: 1969-71 | Mark, Don and Mel: 1969-71 | 1972 | # 17 | Gold |
| Grand Funk Hits | Grand Funk Hits | 1976 | # 126 | |
| Hits | Hits | 1977 | ||
| The Best of Grand Funk | The Best of Grand Funk | 1990 | ||
| Capitol Collectors Series | Capitol Collectors Series | 1991 | Gold | |
| Heavy Hitters | Heavy Hitters! | 1992 | ||
| Thirty Years of Funk: 1969-1999 | Thirty Years of Funk: 1969-1999 | 1999 | ||
| Greatest Hits with DVD | Greatest Hits with DVD | 2006 |
シングル(アメリカ)
| 年 | タイトル | US HOT 100 |
|---|---|---|
| 1969 | Time Machine / High On A Horse | # 47 |
| Mr. Limousine Driver / High Falootin' Woman | # 97 | |
| 1970 | Heartbreaker / Please Don't Worry | # 72 |
| Nothing Is The Same / She's A Good Man's Brother | ||
| I'm Your Captain (Closer to Home) / Aimless Lady | # 22 | |
| Mean Mistreater / Mark Says Alright | # 47 | |
| 1971 | Inside Looking Out | # 40 |
| Feelin' Alright / I Want Freedom | # 54 | |
| Gimme Shelter / I Can Feel Him In The Morning | # 61 | |
| People, Let's Stop The War / Save The Land | ||
| 1972 | Footstopin' Music / I Come Tumblin' | # 29 |
| Upsetter / No Lies | # 73 | |
| Rock'n'Roll Soul / Flight Of The Phoenix | # 29 | |
| 1973 | We're An American Band / Creepin' | # 1 |
| Walk Like A Man / Railroad | # 19 | |
| 1974 | The Loco-Motion / Destitude & Losin' | # 1 |
| Shinin' On / Mr. Pretty Boy | # 11 | |
| Some Kind of Wonderful / Wild | # 3 | |
| 1975 | Bad Time / Good And Devil | # 4 |
| Take Me / Genevieve | # 53 | |
| 1976 | Sally / Love Is Dyin' | # 69 |
| Can You Do It / 1976 | # 45 | |
| 1977 | Just Couldn't Wait / Out To Get You | |
| 1981 | Y.O.U. / Testify | |
| 1982 | Stuck In The Middle / No Reason Why |
メンバー構成の推移
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日本公演
- 7月17日 後楽園球場、 18日 大阪球場
- 9月6日 日本武道館、8日 大阪フェスティバルホール、9日 名古屋市公会堂
- 1997年
※ファーナーは、ソロやリンゴ・スター&ヒズ・オールスター・バンドの公演でも来日している[13][14][15]。
脚注
注釈
- ↑ 『不死鳥(Phoenix)』から『ハード・ロック野郎 (世界の女は御用心)((All the Girls in the World Beware!!!)』までは バンド名をグランド・ファンク(Grand Funk)としていた。
- ↑ ファーナーはギターではなくベースを担当した。両名ともデビュー・アルバム(1966年)とセカンド・アルバム(1967年)の制作に参加した。
- ↑ バンド名はThe PackやThe Fabulous Packになり、ファーナーはギターとリード・ヴォーカルを担当。1974年にGFRのメンバーになるクレイグ・フロスト(キーボード)が加入した。この頃に録音した未発表曲3曲が、"Thirty Years of Funk: 1969–1999"(1999年)に収録された。
- ↑ 名字はアメリカ人の発音によると「シャッカー」に近いが、日本語表記には「サッチャー」が用いられてきた。
- ↑ 現在のハードロックに相当する。
- ↑ 最終的にはプラチナム認定。
- ↑ 通信販売も販路を介した販売もなく、同窓口での販売のみ。スポーツ興行以外の催し物で同球場の座席が売り切れたのは、1965年のビートルズの公演に次いで2度目であったが、ビートルズの場合は売り切れるまで数週間かかった。
- ↑ この名前は既にセカンド・アルバムのタイトルや『ライブ・アルバム』のジャケットに用いられていた。
- 1 2 プロデュースはラズベリーズを手掛けたジミー・アイナーが担当。
- ↑ メンバーは以前からザッパをプロデューサーに迎えたいと思っていたが、マネージメントはあまりにも奇妙な組み合わせであるとして、彼らの希望を聞き入れなかった。1975年にようやくザッパに連絡した結果、この組み合わせが実現した。双方とも共同作業について極めて好意的な発言を残している。
- ↑ サッチャーとフロストは不参加。
出典
- ↑ Waksman, Steve (2022). Live Music in America: A History from Jenny Lind to Beyonce. Oxford: Oxford University Press. p. 421. ISBN 978-0-197-57053-1
- 1 2 Huey, Steve. Grand Funk Railroad Biography, Songs, & Albums - オールミュージック. 2023年4月5日閲覧。
- ↑ http://www.grandfunkrailroad.com/bios/Mel_bio.html
- 1 2 “Grand Funk Railroad: Is This Band Terrible?” (英語). www.rollingstone.com. Rolling Stone (1971年8月19日). 2026年2月28日閲覧。
- ↑ 「はいれぬファン投石・放火 ロック・カーニバル騒然」『中國新聞』昭和46年7月18日19面
- 1 2 “Obituary: Terry Knight” (英語). www.theguardian.com (2004年11月17日). 2026年2月28日閲覧。
- ↑ Miles, Barry (2004). Zappa. New York: Grove Press. p. 254. ISBN 0-8021-4215-X
- ↑ “Mark Farner – Mark Farner” (英語). www.discogs.com. 2026年2月28日閲覧。
- ↑ “Flint (3)” (英語). www.discogs.com. 2026年2月28日閲覧。
- ↑ “Flint (3) – Flint” (英語). www.discogs.com. 2026年2月28日閲覧。
- ↑ Wardlaw, Matt WardlawMatt (2024年1月2日). “Bruce Kulick Announces His Departure From Grand Funk Railroad” (英語). Ultimate Classic Rock. 2024年10月29日閲覧。
- ↑ “Grand Funk Railroad band members”. www.grandfunkrailroad.com. 2024年10月29日閲覧。
- ↑ “【Grand Funk Railroad】”. www13.plala.or.jp. 2024年6月12日閲覧。
- ↑ “グランド・ファンク・レイルロードのマーク・ファーナーが来日公演!”. BARKS (2003年12月27日). 2024年6月12日閲覧。
- ↑ “グランド・ファンク・レイルロードの奇蹟〈シンコー・ミュージック・ムック〉”. シンコーミュージック・エンタテイメント | 楽譜[スコア]・音楽書籍・雑誌の出版社. 2024年6月12日閲覧。
関連項目
外部リンク
固有名詞の分類
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