森正方とは? わかりやすく解説

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森正方

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/05/30 15:16 UTC 版)

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森 正方(もり まさかた、寛永2年(1625年)- 元禄2年6月5日1689年7月21日))は、美作津山藩家老赤穂藩第3代藩主森長生の外祖父。

森家家臣森正矩の嫡男。母は池田家家臣高木義政の娘。正室は関成次の娘伊勢松(津山藩2代藩主森長継の異母妹)。子は伊勢松との間に森正致室於徳、各務利直室於嶋。長女於徳の婿養子に森正致(各務四郎衛門利峯次男)。祖父は森河内正次。曽祖父は森可政。通称は所左衛門、兵右衛門。

万治2年(1659年)2月知行300石。同年8月父正矩の死去により家督相続し1000石。後に2000石。貞享3年(1686年)7月、藩主長成の家督相続の御礼言上の際に、森家家老・森采女可雄(三隆)、長尾隼人勝明、各務三右衛門糺英(正直)とともに将軍綱吉に拝謁する。元禄2年(1689年)6月5日没。享年65。婿養子の正致が先立って没したため、孫の正典が嫡孫承祖した。

森家家臣各務家とは代々婚姻を重ねており、大叔母が各務四郎衛門利峯(利正)正室、妹が各務三右衛門糺英(正直、利峯嫡男)室、婿養子に利峯次男の各務正致を迎え、次女於嶋は糺英の養子の各務新右衛門(宮内、伊織)利直に嫁ぎ嫡男松太郎を産んだ後、産後の肥立ちが悪く没した。外孫の各務松太郎(長生)は赤穂藩第2代藩主森長孝の実父森三隆の養嫡子となり、享保8年(1723年)長孝の末期養子として3代藩主となった。

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